note_第9回_知られている草加せんべい

新井由木子【思いつき書店】vol.009 知られている草加せんべいの巻

 わたし、貯めたり借りたりごまかしたりしてマネーを作り、どうにかこうにか娘を大学にやっております。
 わたしは行ったことはないのですが、大学って地方から日本中から、人が集まっているトコロですね。そこで草加出身の娘が驚いたことは『みんな草加せんべいを知っている!』でした。

新しき娘の友人:家どこ?
娘:草加
新しき娘の友人:草加せんべいの?
娘:そう!
と、いう会話が何度もなされたのでしょう、きっと。

 草加なんて観光名所としての城があるわけでなしタワーがあるわけでなし、なんのブームもあるわけでもないのに、草加に来たことも来ようとしたこともない地方の人たちが『草加せんべい』という名だけは知っているそうなのです。

 ちなみにですが、この「そう!」の後には「そうかー」という言葉が続けられることがありますが、草加市民にとって「草加」「へえー、そうかー」ほど聞き飽きたギャグは無く、それはうんざりを通り越して聞いた瞬間に背筋が凍ります。たまに他県の人が「そうかー」と言った後にドヤ顔をすることがありますが(年配の方に多い)、そういうドヤ顔を集めて縦に積み上げたら、ゆうに月との間を三往復はできるでしょう。
 更に脱線しますが、こういう住んでいる場所や名前など、個人が逃れられないものについて発せられ、言った本人がいいことを思いついたと思うも、それは一億回目の同じギャグという、うんざりされているギャグを『うんギャグ』と言います。皆さんも出身地やお名前について『うんギャグ』を持っていらっしゃったら教えてください。

 さて、せんべいという名称は平安時代から知られていることが今昔物語集にもあります(天竺の仏教説話を紹介しているうちの第三巻第二十三話に“煎餅”の記述があります)が、様々なせんべいがある中、何故に草加のせんべいだけが『草加せんべい』として有名かというと、話は大正二年に遡ります。
 川越で行われた陸軍特別大演習にいらっしゃった天皇への献上品として、草加から選ばれたせんべいを大正天皇がとても美味しいとおっしゃり、これを記事にしようとした新聞記者が『草加せんべい』と呼び名を考えたそうなのです(出典:草加市史)。
 わたしも随分長いこと草加せんべいを食べていましたが……知らなかったです……!

 娘に確認すると今どきの大学生の反応は「食べたことないかもだけど、なーんか聞いたことある」とのこと。
 みんなぜひ食べて!

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 草加の民は、みんなお好みのマイせんべい店があって、草加市内で履歴書を買うと『マイせんべい店』を書き込む欄があるくらい。草加市内でソフトクリームを買うと必ず草加せんべいが刺さっていますし、草加市民の間では財布はせんべいをモチーフにした丸いものが大流行中です。
 今、少しだけウソをつきましたが、毎日食べても飽きないのが草加せんべい。万が一飽きたらチーズとかチョコをのせてトーストするのも美味しいよ(これは本当)。
 ペレカスブックにいらっしゃったらお帰りには草加せんべいを、草加せんべいをどうぞよろしくお願いします。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook