note_第46回_八百万の小さな神々

八百万の小さな神々/新井由木子

 八百万(やおよろず)の神とは、森羅万象に神々が宿るという神道の信仰のことです。自然物だけでなく、しゃもじから、提灯、櫛など、日常の身の回りのものにも、それぞれに神様が宿っているというところが少し妖怪じみていて、わたしは面白いなあと思うのです。
 妖怪など目に見えないものは信じるというよりも、『いたら面白いな』という感覚が、今では一般的なのではないでしょうか。けれどそんな現代でも、感覚を研ぎ澄ましてみると『八百万の神は確かにいる』と、思えることがあるのです。

 わたしが、その存在を顕著に感じるのは『ダイヤルロックの神』です。ダイヤルロックのナンバーがうろ覚えで、何度チャレンジしても開かないことって、ありますよね。購入時のタグなどで正しいナンバーを確認すると、やはり覚えていたナンバーは正しかったとわかり、もう一回チャレンジすると、あっけなく鍵は開くものです。『ダイヤルロックの神』は、ナンバーの正しさよりも人間の確信というものに対して敏感に反応し、たとえナンバーが間違っていたとしても、確信さえあれば鍵を開けたりもするのです(わたしだけにあてはまることですが)。

『自転車の鍵の神』も存在します。この神は鞄の中で、意味もなく姿を晦(くら)ますという習性があります。かならずここにあるはずだと必死に探しても出てこず、仕方なく諦めて歩いて帰ると、次の日同じ鞄の中から現われます。この神は『自転車の神』と主従関係にあり、普段何の気なしに使っている自転車のありがたみを、一番ダメージのあるタイミングで思い知らせる役目を持っています。

『消しゴムの神』は、大集合の技というのを使います。買う度に次々とどこかへなくなり続けるのに、ある時同じ場所から大量に出てくるのは、そのせいです。同じように『物差しの神』というのもいて、あんなに長くてなくなりにくいのに姿が見えなくなるのは、長い・幅広・薄い、という3つの特徴のうちの、薄いという特徴だけを最大限に発動して、信じられないような隙間に落ちていったりするのです。この神々も、やはりダメージの大きいときに、わざわざその技を使うのです。

 そして、現代の邪神として1位の座を誇るのは、紛れもなく『パスワードの神』です。
 絶対に合っている(と思う)パスワードを入力しても、頑ななまでに承認してくれません。IDとかパスコードとか、どこが違うのかよくわからない分身とセットになって人を翻弄し、時間を浪費させ、半泣きになったところを嘲(あざけ)り笑います。
 どんなに泣いても、謝っても、画面をナデナデしてゴマをすっても、パスワードの神の氷のように冷たい心は動かされることはありません。そして、3回間違ったらカードが使えなくなる、などというとんでもなく恐ろしい仕打ちを雷(いかづち)のように脳天に打ち下ろし、人の息の根を止めるのです。

 この神々は全て『もの忘れの大神』の傘下におり、机の周りが雑然としていたり、大切な物事のメモを取っていない人間を、たぶらかすのでした。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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