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書店なのに麦わら帽子を作る/新井由木子

 わたしの営むペレカスブックは書店でありながら、毎年夏が近づくとオリジナルの麦わら帽子を作っています。

 それは、日光街道で繋がる春日部・草加・千住の3つの街の製品がコラボレーションした麦わら帽子。
 春日部名産の麦わら帽子に、アゴ紐部分に大きなハトメを使って、草加名産の注染(ちゅうせん)染め手ぬぐいを通してあります。

 吸水性の良い手ぬぐいは、汗かきのお子さんにも心地良く使っていただけます。付け替えられるので洗うこともできます。また、幅広のリボンを通したり、革紐を通したりして、アレンジも楽しめます。

 ハトメの部分に一緒につけられているタグは、昔から紙製品の製造が盛んな千住の紙工場からいただいた『ワンプ』と呼ばれる紙でできています。これは工場で使われる大量で重量のある紙を包んでいる包装紙で、とても丈夫。紙とはいえ水濡れにも強く、ずっとつけておくタグとしても充分に機能するのです。

 この麦わら帽子は、毎年新しい形のものをお買い求めになるお客さんもいらっしゃる、ペレカスブックで人気の製品となっております。

 麦わら帽子を作ることになったきっかけは、ペレカスブックのキャラクター『ペレニャン』の刺繍を作ってきてくださったお客さんでした。額に入れられたその刺繍は可愛らしく、お礼を言いながらお話をしていると、なんとその方は麦わら帽子のお針子をしているとのこと。
 麦わら帽子のお針子さんに出会ったのなんて初めて!
 麦わら帽子を作っているところを見てみたい!
 わたしはずうずうしくも、その場で麦わら帽子製作の見学をお願いしたのでした。

 春日部市の某駅からバスに乗ると、車窓から見える古利根川(ふるとねがわ)は、水量が豊かなうえに両岸の緑地帯が黄色の菜の花に覆われ、のどかな風景が広がっていました。

 このあたりは昔から、大麦の穂の下の部分を真田紐状に編む『麦わら真田』が農家の手仕事となっており、海外での麦わら帽子製作のために輸出されていたとのこと。やがて明治10年頃、春日部でも手縫いの麦わら帽子作りが始まり、明治25年頃になると、ドイツから帽子用ミシンが輸入され、本格的に麦わら帽子を製作するようになったのです。

 バスを降り、お針子さんが書いてくれた地図を見ながら、辿りついたのは『田中帽子店』。明治13年創業という老舗で、その確かな品質から、信頼を寄せる人々の多い人気店です。

 工場に入ると、様々な形の麦わら帽子が、所狭しと積み上がっていました。ふんわりとしたつば広のもの、カンカン帽、シルクハット型、農作業用のもの、園児用の小さな麦わら帽子などなど……。綺麗、かっこいい、可愛い、立派、気さくなどと、どれも表情が違って、見ていると全て欲しくなってしまいます。

 工場の奥では、動力を伝える鉄管で繋がったいくつものミシンの前に職人さんが座り、麦わら真田を帽子の形に縫い上げています。棚には頭の部分のデザインに合わせた様々な木型がありますが、それに嵌めてデザインを確認するのではなく、目と手で確認し、同じものを縫い上げるというのですから、驚きです。

 工場の手前では、お針子さんたちがタグを縫いつけたりリボンをつけたりしているのですが、皆さん集中して無言です。わたしがなんとなく想像していた、お婆さんたちが縁側で喋りながら手作業をしている、というのどかなものではなく(当たり前ですが)、職人技の冴える、緊張感のある現場なのでした。

思いつき書店081文中

 ところで、工場の一角には試作品の帽子の山があリました。色も形も様々な帽子の中で、異彩を放っていたのは、直径80cmもの巨大なつばを持った麦わら帽子。聞くと会長が遊びで作ったものとのこと。
 試しに被ってみると、身体全体がすっぽりと日陰になって、まるで自分専用の木陰ができたかのようでした。
 これなら戸外で出張書店をする時にも役立つに違いない!
 巨大麦わら帽子を被れば、どこでも日陰だから、草原で読書なんて提案もできる!
 夢はとめどもなく膨らみ、無謀にも田中帽子店に頼み込み、とうとうこの巨大麦わら帽子を製品化する運びとなったのでした。

 出来上がった巨大麦わら帽子は、庭で草むしりをする時も涼しいことこの上なく、更に作業する手の先まで陰になるのがとても良いとか。オープンテラスのコーヒー店では、お客さんのところまでコーヒーを運んでも、日陰がついてくるのが良いとか。キャラが立ってイベント時に良いなど、とても喜ばれました。

 しかしプラスの力の強いものは、得てしてマイナスの威力も併せ持つことがあるものです。
 わたしがそれを実感したのは、その巨大麦わら帽子を被って、自転車を漕いでいた時のことでした。

 正面から吹いてきたその風は、決して強くはありませんでしたが、巨大麦わら帽子は帆船が帆に風をはらむがごとく、大きなつばいっぱいに風をはらみ、飛ばされそうになりました。しかしアゴに通していた手ぬぐいが、がっしりとそれを止めたので、帽子は背中に回り、わたしは自転車にまたがったまま地面に足を踏ん張り、風が通り過ぎるのを待ちました。

 気分はまるで大凧に乗って飛んでいく忍者でしたが、その姿は正面から見ると、大きな籐製の椅子に座るエマニエル夫人のようだったかもしれませんし、後ろから見ると、人気コミック『ドラゴンボール』に出てくる亀仙人に似ていたかもしれません。

 あれから3年、ペレカスブックで製作する麦わら帽子は年々小さくなり、今年のモデルは普通サイズです。大きいのもまだ残っていますので、良かったら被ってみてくださいね。

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こちらは一昨年のモデル。草むしりなど庭先仕事に向いています。


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子ども用。


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こちらが今年のモデルです。ポークパイという形。


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お針子さんにいただいた刺繍です。


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一番右が、3年前に作った巨大なものです。

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」

http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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