note_第10回怪しいふたり

中澤日菜子【んまんま日記】#10 怪しいふたり

 食べることが大好きだ。
 このようなエッセイを書いていることからして、読者の皆さんはすでにご承知だとは思うが、もしかしたら皆さんの想像をはるかに超えて食べることが好きかもしれない。
 以前、友人から「日菜ちゃんのすごいところは、ご飯を食べて満腹になってるのに、それでもなお、ほかの飲食店に吸い寄せられていくところだよ」と、褒められてるのか呆れられているのか、よくわからないことばを頂戴した経験があるが、まさにその通り。どんなに満腹でも、次にお腹が減ったとき、今度はどこで食べようかとまっさきに考えてしまう癖がわたしにはある。

 どうやらこの食い意地は、父方の家系に由来するらしい。その証拠に父方のいとこが集まると、いつのまにか話題が食べもの中心になっている。
「飯田橋でラーメンならあそこだよね」
「恵比寿にも美味しいところができたよ」
「知ってる? 丸の内にできた新しいフレンチ」
「知ってる知ってる。っていうかもう行ったよ」
 そんな会話が繰り広げられる。
 もちろん我が弟も例外ではなく、趣味のラーメン食べ歩きのため、わざわざ一眼レフカメラを購入したという逸話を持つ。

 そんなわたしであるからして、ありがたいことに食べものをテーマにした小説やエッセイの依頼がとても多い。これぞまさに、趣味と実益を兼ねた一石二鳥人生である。
 もちろん仕事であるから、たんに食べて終わりではない。
 写真を撮り、料理についてわからないことがあれば、根掘り葉掘りお店のひとに聞く。いわば取材、下調べである。というより生来身についた性格とも言えよう。

 先日、都内で友人と夕ご飯を食べたときも、この性格をいかんなく発揮してしまった。
 入ったのはスペイン料理店。初めて訪れた店だ。
 舐めるようにメニューを眺め、黒板に書かれた「今日のおすすめ」を隅から隅まで熟読する。

わたし「ねえ、この『チョリソと卵のにんにくスープ カスティーヤ風』ってどんなのかな?」
友人 「わかんない。聞いてみたら?」
わたし「そうだね。すみませーん」

 スタッフを呼んで、「カスティーヤ風とはいかなる料理か」を詳しく聞く。笑顔で説明してくださるスタッフ。ふんふんと聞き入るわたし。さらにメニューを読み込んでいく。
 
わたし「ねえ、この『ガルシア風カブのスープ』ってなに?」
友人 「わかんない。聞いてみたら?」

 ふたたびスタッフを呼び、詳しく尋ねる。先ほどよりじゃっかんスタッフの顔から笑みが薄くなっている。礼を言ってさらにメニューへ。

わたし「ねえ、『カタルーニャ風プリン』と『アンダルシア風プリン』ってどう違うの?」
友人 「……わかんない。聞いてみたら?」

 みたびスタッフを。ここに至り、スタッフの顔面から笑みはすっかり消えている。どころか「このひとたち、もしかして他店のスパイ?」と怪しむ空気が色濃く漂ってくる。その証拠に、最初のときより明らかに口数が少ない。説明も詳細を避けているふうがある。 

 友人が低い声で囁く。
「……日菜ちゃん。もしかしてあたしたち警戒されてない?」
「……だよね。じぶんでも怪しいと思うもん」
 以降、ほとばしる好奇心をなんとか抑え込み、食事に専念することにする。

 こんなことをしょっちゅう繰り返しているので、もしかしたら飲食店業界では「要注意人物」として、わたしの人相書きが出回っているかもしれない。
 けれども止められない。
 だって食べることが大好きなんだもん。


【今日のんまんま】
自宅で作ったあんかけラーメン。冷蔵庫のあまりものを次つぎ投入していったら、いつのまにかこんな量に。でも、んまっ。

んまんま (1)


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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