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ローヤルゼリーは蜜の味?! /新井由木子

 この春より、草加で都市型農業を営むチャヴィペルトの畑に、養蜂の勉強をしに行っています。

 蜜蜂は不思議で可愛くて、しかも迫力があります。
 巣ごとにそれぞれ性格が違い、群れがまるでひとつの人格をもっているかのようで不思議。正確に作られるハニカム模様の美しさも不思議です。
 そして、頭部から腹部にかけて細かい毛を生やして、もそもそと動きまわる姿は、小さな猫のようで可愛い。採集した花粉を丸く形作って脚につけているところも、可愛いのです。
 しかし、過密都市のような巣の中で集合体となって蠢(うごめ)く姿や、戦闘モードで羽音も鋭く飛び回る様は、思わず後ずさりしてしまうほどの迫力があります。

 知ったことはほんの最初の部分ですが、養蜂は奥深くて、シーンごとに心が動かされる、かなり魅力的なものだということがわかってきました。

 この季節の蜜蜂の世話は、週ごとに巣箱を開けて、巣枠を一枚ずつチェックするのが基本となります。
 女王が健康に活動しているか、が順調に溜まっているか。そして、女王蜂を育てるための王台があるかどうかも、重要です。
 王台は平らに構築されたハニカム構造の巣枠の一部に、ニョッキリと生えているように形作られています。指のような太さで、ハニカム模様をその表面に貼り付けているところは、落花生のさやにそっくりです。
 巣に女王が居ないような場合には王台をそのままにし、次の女王の誕生を待ちますが、大概の場合は発見次第取り去ってしまいます。なぜなら誕生する新しい女王は、群れを引き連れて巣から旅立つ「分蜂」をしてしまうからです。

 この日もチャヴィペルト社長の拓郎さんと養蜂家のコウセイさんが、巣枠に王台を発見しては、残すか残さないかを相談し、残さないと決められた王台は、無残にもヘラで削ぎ落とされていくのを、わたしは側で見学していました。

 王台の中には卵がひとつと、ローヤルゼリーが詰まっているとのこと。卵は他の働き蜂や雄蜂になるものと変わりはなく、部屋が大きく、孵化した後に栄養たっぷりのローヤルゼリーを食べることで、1日に1000〜2000個もの卵を産み続ける女王蜂に育つことを、コウセイさんが教えてくれました。
恐るべしローヤルゼリー!

 感心していると、隣から拓郎さんが
「新井さん、ローヤルゼリー食べる? 元気いっぱいになるよ」
「食べる!」
 即座に答えるわたし。
 見た目が若返りたいとは思わないけれど、徹夜で仕事ができる体力が蘇れば嬉しい。買うとものすごく高いローヤルゼリーが、こんなところで食べられるのは役得です。

 拓郎さんの差し出すヘラについた落花生にしか見えない王台。手のひらに乗せると重量があり、中身がずっしりと詰まっているのがわかります。
 指で押すと王台は柔らかくヘニャリとつぶれ、中から真っ白なクリームが出てきました。迷わず口に運ぶと、トローリと濃厚な舌触り。そして次の瞬間、わたしはこんな叫び声を上げました。

ボヘーーー!
 口の中の空気を全力で吐き出したい時というのは、このような発音になるのですね。
 不味い。あまりにも不味い。
 どんな味かというと、虫の中身の味。虫の中身って食べたことないけど、絶対こんな味だと思います。生臭さと青臭さが、栄養満点の迫力を纏(まと)って攻めてくる感じです。

 そして「ボヘーーッ!」と叫び続けるわたしを見て、笑いころげている拓郎さんとコウセイさん。このふたり、わたしが蜂に刺された時も笑っていたことを、記憶の片隅からはっきりとした映像として思い出しました(Vol.80 心も泣いたチャヴィペルトの蜂のひと刺し)。

 その後、慎重に管理したにもかかわらず一群が分蜂しました。群れはチャヴィペルトの大きなビニールハウスの上にドスンと居座り、ズリズリと移動を続けていました。
「あの中心に女王がいるんだよ」
 あまりに高い場所にいるため回収もできず、なすすべもなく見上げながら呟く拓郎さん。
 しかし群れは次の日になると、なぜか元の巣に戻ったのです。なんだったんだろう?

 蜜蜂は不思議で可愛い。でもあんな群れを作る女王を生み出したり、ローヤルゼリーを作ったりするところが、計り知れなくてちょっと不気味です。

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蜂の世話をする拓郎さん。

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陽の光に透かすと、蜜が溜まっているのが分かります。美しい。

思いつき書店083文中

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」

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