note_第20回_自己肯定の女

新井由木子【思いつき書店】vol.020 自己肯定の女の巻

 わたしの営む小さな書店ペレカスブックは、せんべいで有名な街の宿場町通りにある「カフェコンバーション」の中にあります。最寄り駅は、上野から電車で約20分、半蔵門線なら直通スカイツリーラインの草加駅です。

 カフェコンバーションはぶ厚い『ほっとけーき』と濃くて苦い珈琲『おりじなるブレンド』にファンが多く、皆さんに愛されてもう14年も営業を続けています。
「おしゃれなカフェ」などと言われていますが、都会的な小綺麗さではなく、優雅にめかしこんだ店構えでもありません。古いものをかっこよく見せている、という言い方が一番しっくりきます。
 それも古くて良いものというよりは、壊れた農機具の部品とか、廃校の壁から剥がしてきた巨大な時計とか、値段のつかないというよりは値段が無いものたちをステキに見せる。板がずれて釘の飛び出たリンゴ箱も、おしゃれだと言われて、さぞびっくりしていることでしょう。

 建物自体もゆうに築50年は経過している古い倉庫を、コンバーション店主(以下コンバーション)が自分で改装したものです。
 古い木材の暗い茶色、所々に錆が出た赤っぽい茶色、昔のレトロな柄付きガラスの窓に、コンバーションが自分で塗った漆喰壁の柔らかい白が美しく映えます。そして、コンバーションが自ら貼り付けたタイルのテーブルに、全て違う形の椅子やソファが置かれていて、それらがゴチャゴチャすることなく不思議とすっきり落ち着いて、一つの空間を作り上げています。

 そもそもコンバーションは、カフェをやる前は塗装屋さんだったそうです。
 というかカフェ開業の資金を塗装業で稼いだそうで、丁度カフェを出て見上げると空高くそびえている赤白の鉄塔はコンバーションが昔塗ったものだそうな。塗装業の前は陶芸の勉強をしていたそうな、その前は宝石を売っていたそうな、その合間にサーフィンをしていたそうな、建築の学校を出ているそうな、洋服を売っていたそうな……。
 経歴に脈略がなく何回聞いても覚えられません。

 とにかくまとめると、これはおしゃれだと決める直感力があり、デカイものを自分の感覚できれいに作り上げる腕と根性があり、肉体労働もいとわないスタミナある魂を持っています。
 持っているものばかり言うと褒めすぎになるので無いものも言うと、たおやかさとか、謙虚さとか、はかなさとかがあまり無い。言い忘れましたがコンバーションは女性です。

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 そして、このコンバーションがほぼ毎日「わたしのこういうところがスゴイ」という話をしてくるのです。
「パソコンのことが全くわからないけど、素直にわからないって言えるから、わたしはスゴイ」
「どんな服もわたしが着るとおしゃれになるからスゴイ」
「しょっぱいのと甘いのを一緒に食べられるメニューを考えるわたしは天才(ほっとけーきランチプレート)」
「検便を取り忘れて流しちゃったけど、すぐにもう1回出せたからスゴイ」etc.
 わたしもコンバーションと店を一緒にやりだした最初の2年は「そうだねー!」と同調していましたが、最近はやめました。

 自己肯定とは、誰からもエネルギーをもらわずに走れる魔法の車のようなものです。しかもコンバーションの場合は自信に満ちた立派な自己肯定ですから、こんなものに同調するのは絶好調の車に油をさすようなもの。拍車がかかって大変なことになることがわかったからです。
 たまに、お客さまがあまりいらっしゃらない日があると、
「わたしが時代の最先端の先を行っているから、みんなに良さをわかってもらえない」
 などと、耳を疑うようなことを言い出すようになるのです。最先端の先、ですよ!

 そんなコンバーションも一応人間らしく、今朝は風邪らしい症状が出ていました。
 鼻をたらして咳き込んでいるので指摘すると、これは風邪ではなく空気が乾燥しているからだと言って認めません。やがて症状が進んできたのでさらに指摘すると、すぐさま薬局に走って行き、高価な薬を飲んで効き目を待ちながら
「来週風邪をひくとパーティーの予約が入っていて大変だから、わざと今ひいておいた。やっぱりわたしはスゴイ」
 と言うのでした。

 自己肯定の女は色々成し遂げる。パーティーメニューも人気だ。自信が無いよりよっぽど良いけれど、そのポジティブさにはちょっと呆れる。そして自己肯定の女は、なんと風邪もすぐに治るのでした。
(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook