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クレームは思いやりをもって/新井由木子

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

 毎日カフェ・コンバーションの美味しいまかないを食べているわたしたちですが、たまにはジャンクフードを食べたくなることがあるものです。
「持ち帰りにするとポテトを忘れられるっていうことが、我が家では何回かあるの。違うお店なのに不思議」
 カフェ・コンバーション2階で作家もののセレクトショップを営むエダハ店主(以下エダハ)がつぶやくと
「わたしは、ナゲットのソースを忘れられることがたまにある」
 カフェ・コンバーション店主(以下コンバーション)が答えます。
 これはとても不思議なことです。
 エダハにはポテトが、コンバーションにはソースが忘れられるのは何故なのか。エダハにポテトを忘れさせる何かが、コンバーションにソースを忘れさせる何かが、あるのだとしか思えません。
 これは研究に値するのではないでしょうか。要因が確定できた暁には応用で、店員さんにお会計を忘れさせることさえできるかもしれません。

 そんな時、二人はファーストフード店にクレームを言うこともなく、ポテトやソースのない食事を済ませるそうです。既に家に到着しているので、再びファーストフード店に赴けないこともあるでしょうが、自らもお店を営んでいることから、同業者への優しさがそうさせる部分もあるのかもしれません。
 しかし本来なら「間違っていましたよ」とか「足りませんでしたよ」と教えてあげるのは正当な権利です。

 わたしの営むペレカスブックでは、幸いなことに今までクレームをいただいたことはありません。完璧な接客をしているわけではなく、ラッピングに時間がかかっても、領収書の判子が見つからなくてオロオロしていても、お客さまはにこやかに待っていてくださいます。
 多分、皆さんが最初からわたしに高いレベルの接客を期待していないから、クレームがつかないのだと思います。

 しかしながら、個人的なことで苦情を受けたことは、もちろんいくつもあります。
 今までで一番理不尽だと思ったのは、街中で知らない男性にいきなり
「半ズボンなんだか長ズボンなんだか、わからないんだよ!」
 と、わたしの足元を指さしながら怒鳴られたことです。この時は驚きすぎて、七分丈のズボンなんだよ! と言い返すことができなかったのが、今思い返しても無念です。
 カラオケで毎回熱唱していた歌について、娘から
「ママのせいでこの歌嫌いになった」
 と、本当に訳のわからない苦情を言われたことも忘れられません。
 苦情やクレームを言う場合は、毅然とした中にも相手への思いやりを忘れたくないものですね。

 ところで、わたしはファーストフード店で何かを忘れられることはないのですが、逆にお弁当を買うといつも
「お箸は何膳必要ですか?」
 と聞かれます。1人分のお弁当に、ちょっとサラダを足しているだけなのに、です。
 先日はコンビニエンスストアで、朝のパンに乗せるハムを買っただけなのに
「お箸は必要ですか?」
 と聞かれました。
 配慮も行き届きすぎると違和感があるものですね。

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(了)

【思いつき書店】は、毎週木曜日に掲載します。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook