note_第16回韓国編その2

中澤日菜子【んまんま日記】#16 韓国編 その2

 ソウル二日目、快晴。
 ホテルは素泊まりなので、Rちゃんと朝粥を食べに街へ出る。入ったお店で数種類のお粥のなかから、わたしはアワビ粥を、Rちゃんはカボチャ粥を頼む。
 韓国のお粥は中国風。米は煮込まれてポタージュ状になり、味もしっかりついている。アワビ粥は薄い緑色で、これは肝をすり潰して入れるからだそうだ。アワビのコクが活きている。カボチャ粥は見た目も味もまんまカボチャ。からだに良さそうだ。
 隣のテーブルでは離乳期の赤ちゃんを連れた女性が、子どもと一緒にお粥を啜(すす)っている。確かに韓国のお粥は離乳食にぴったりだ。このお店だけでなく、他の粥屋さんでも似たような親子連れをよく見かけた。

 朝食を終えるころ、フナくん登場。今日も有給を取ってガイドしてくれるそうだ。うう、ありがたやー。
 まずは世界遺産である昌徳宮(チャンドックン)へ。雲ひとつない青空に、色鮮やかな宮殿が映える。広大な敷地に点在する建物や庭、花壇、そして池。静けさと緑にあふれたこの場所には、ソウルの喧騒も届かない。いつまでもとどまっていたい、そんな気持ちのよいところであった。

 昌徳宮を出たのはちょうどお昼時。強い陽射しで汗ばんだわたしたち、もちろん食べたいのは本場の冷麺! 歩いて仁寺洞(インサドン)まで行き、表通りから一歩入った冷麺屋さんに飛び込む。銀の器に入った冷麺は、まんなかに灰色の麺がこんもりと盛られ、その上にコチュジャン、きゅうり、大根の漬物、そしててっぺんにはゆで卵がでーんと鎮座している。
 さっそく食べようと箸を取り上げたわたしをフナくんが止める。
「ヒナお姉さん。まず切らないと」
 そう、韓国の冷麺はぜんぶつながっているのだ! カウンターに備えられたキッチンばさみで、麺の固まりを豪快にぶった切るフナくん。肉につづき、冷麺にもはさみは必須アイテムなのだ。
 適度な長さに切ってもらった麺を、ぐるんとひと混ぜ。たっぷり張られたスープを絡めていただく。
 んまーい! あっさりしたスープにコチュジャンの甘辛さが溶けだし、絶妙な塩梅になっている。麺はつるつるしこしこ、冷やしてあるのでどんどん喉を滑り落ちてゆく。食べ放題のキムチやたくあん、お酢を混ぜればまた違った味が楽しめる。あっという間に完食。暑い夏にはぴったりの食べものだ。

 食後は買い物を楽しんだあと、Rちゃんおすすめのカフェへ。連れて行ってもらったのは、伝統茶院(チョントンダウォン)というお茶処。ここは耕仁(キョンイン)美術館の敷地内にあり、韓国の伝統的家屋である「韓屋(ハノク)」を利用した、いわば古民家カフェである。開放的な屋内に入るもよし、樹々に囲まれたテラス席でお茶を飲むのもまたよし。
 気持ちのよい午後だったので、我われ三人は屋外のテラス席へ。木漏れ日のなか、わたしが頼んだのはシッケという、韓国独特の飲みもの。日本の甘酒にすこし似ているが、麹の匂いはほとんどなく、甘さも控えめでぐいぐい飲める。しかもこのお店では半分凍らせてあるので、ほどよく溶けたかき氷のような味わいが楽しめる。すっかりシッケのファンになったわたし。ぜひ日本でも探してみようと思う。

 ひと休みしたあと、ついに念願の大学路(テハンノ)へ! 
 韓国では演劇がとても盛んだ。大学で演劇を学ぶ学生も多く、演技や演出の基礎がとてもしっかりしている。わたしも何度か来日した韓国の劇団の公演を見て、その質の高さに唸った覚えがある。大学路はまさにそのメッカ、よく日本の下北沢に喩えられる、演劇の街である。
 大学路につくと、どこからともなくチケット売りの若者があらわれた。フナくんによると、
「今の時間なら四十分後に始まるミュージカルが観られますよ。日本語字幕付き。しかも直前割引で、ひとり4000円のところを1500円ですって」
 とのこと。これは観るしかないでしょう!
 設備の整った中規模の劇場、客の入りは半分ほどか。それでも、どこか構えて観る日本の演劇よりも「ふらりと立ち寄った」感にあふれていて、映画館のような親しみやすさを感じる。
 ミュージカルの内容は、ざっくり書くと「すれ違っていた運命のふたりが、数々の困難を乗り越え無事に結ばれる」というもの。字幕があるのでわかりやすい。でも客席がどっと沸くアドリブはわからない。隣で笑うRちゃんとフナくんを見て「あー韓国語、習得したいなあ」とつくづく思う。

 劇場を出ると、いつしか夜の闇。今夜もフナくんお勧めのお店へ。連れて行ってもらったのは、安東(アンドン)チムタク専門店。安東チムタク? 聞いたことも見たこともない料理だ。
 待つことしばし、直径80センチはあろうかという大皿に、茶色く煮込まれた鶏肉やじゃがいも、にんじんが乗った料理が運ばれてくる。さらに上には最近流行りだというチーズがたっぷり。一見するとピザに見える。
 だがじつは安東チムタクの真髄は、煮込まれた肉や野菜の下に敷かれた太くて透明な春雨にあった。この春雨が煮込みの旨みを吸いこんで、絶品の味わいになっている。釜めしやパエリアの米が美味しいのと同じ理屈である。この料理もはさみで春雨をじゃきじょき。肉といい麺といい、目の前で切ると美味しさが数倍、増すような気がする。

 はちきれんばかりのお腹を抱えて外へ出る。暗い夜空に、半月が輝いている。
「半月のことを韓国語ではなんというの?」
「パンダルといいます」
 フナくんに教えてもらい「パンダル」、そっと呟いてみる。この月は、いま世界中を同じ光で包んでいるのだと思いながら。


【今日のんまんま】
このボリューム! 甘辛く煮込まれた鶏肉と野菜で栄養面もばっちり。んまっ!

んまんま (2)

(安東チムタク 大学路2号店) 


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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