note_第10回_おむすびばあさんの巻

新井由木子【思いつき書店】vol.010 おむすびばあさんの巻

 わたし、イラストレーターと書店店主という肩書のほかに『おむすびばあさん』という第3の顔を持っています。
 男女の縁結びをしているわけではありません。早朝5時から、草加の駅近くにあるソソカフェ(soso cafe)というところで、おむすびを握っているのです。
 玄米はしっかりガシガシと、白米は壊れないよう優しく研ぐ。お水を吸わせる時間も炊く時間も季節やお米と相談しながら、日々美味しくなっていくおむすび。パート仲間の皆さんとがんばっております。

 炊いているのは、草加の農家チャヴィペルト(chavi pelto)のお米。玄米は米の一粒ずつがプチプチと瑞々しく、白米はキリッと粒が立ちながらもっちり甘い、この米の生まれた田んぼを見たい見たいとしつこく言っていると、ある日突然、わたしが勝手に『オトーサン』と呼んでいるチャヴィペルトの中山社長が、野菜配達用の冷蔵車で迎えにきてくれました。

 チャヴィペルトは『おしゃべりな野菜たちの畑』という意味だそう。その名のとおり農家チャヴィペルトはお米だけでなく色んな野菜を作っていて、全国の良い野菜や食品を売るお店もやっていて、お惣菜も作っていて、なんと養蜂もしています(畑の花から蜂蜜が採れます)。わたしはしょっちゅう畑や店に遊びに行っているのですが、チャヴィペルトの田んぼだけは、まだ見ていないのでした。

おむすびばあさん

 さて、冷蔵車の助手席に乗って隣を見ると、オトーサンの顔の様子がどうも変でした。ボクシングの試合でもあったのかしら? 聞くと畑の蜂に刺されたそうです。もっと聞くと、年中刺されているそうです。採蜜をしても刺さない蜂、畑の見学に人が沢山来ても刺さない蜂が、オトーサンだけ刺す。
「鼻を刺されれば(鼻が高くなって)山○智久になったのに」
 と言っていましたが、わたしは聞こえないふりをしました。

 車は最初にチャヴィペルトのご親戚のお宅に寄りました。
 そこにはビーグルっぽいワンコが庭にいて、オトーサンの姿を見ると激しく吠えました。繋いである鎖がピンと張り、前脚が宙に浮いています。こんなに番犬らしい番犬は久しぶりに見ました。
 聞くとオトーサンには特別に吠えるそうです。もっと聞くと、オトーサンはあちこちであらゆるワンコに吠えられているそうです。

 車窓から住宅が途切れると、いきなり田んぼ地帯が広がりました。草加にこんなところがあったのか! 淡い青空の下、葉緑素を黄金に混ぜたような色の田んぼは、とてもきれいです。わたしたちはその一角にあるチャヴィペルトの田んぼで、車を降りました。気のせいか空気がお米の匂い。本当なら刈ってしまうガマが少しだけ残してあるのは、可愛いからだそう。欲しいと言うと、オトーサンが数本を切ってきてくれました。

「作物を作る時は、出口のことまで考えるんだ」
 オトーサンは言います。作物をどこでどう食べてもらうか、流通から、時に調理に至るまでを考え、その場を実際に作る。価値ある農産物を作り、価値をわかってくれる人々と結び付き、生産者も販売店も生業が成り立つようにする。それがこれからの農業に必要なことだと信じているんだ。 
 畦の茂みにしゃがんで、田んぼを見ながらつぶやくオトーサンの言葉が染みます。草に下半身が隠れている姿が用を足してるみたいなのを面白がって、写真を撮っていたわたしは反省しました。

 会議でしゃべると長くてみんなを飽きさせるオトーサン。余計なことを言っていつも奥さんに怒られているオトーサン。蜂と犬に敵と見なされるオトーサン。鼻が高くなれば山Pになると思っているオトーサン(ならない)。早朝から働いているのに深夜まで会合で飲み続け、あれは人間じゃないと陰で言われているオトーサン。こんな人だけど、とても大切な仕事をしているんですね、蜂と犬にはわかってもらえないけれど。

 オトーサンの隣で摘んだ稲穂を陽に透かしてみると、まだ若いお米が透ける緑にキラリと光りました。

田んぼの写真

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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新井由木子【思いつき書店】
新井由木子【思いつき書店】
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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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