note_第27回食べこぼし

食べこぼし/中澤日菜子

 大好きなくせに、わたしは食べるのがものすごく下手だ。具体的にどう下手かというと、異様に食べこぼしが多いのである。
 ラーメンを食べればスープを服に飛ばす。ざる蕎麦も危険度が高い。ふつう、そんなに汚れることのないハンバーグでもソースを垂らしてしまう。つい先日も、美味しいと評判のハンバーグ店に行き「いただきまーす」とナイフで切り取った一片をフォークで口に運ぼうとして、まんまとジーンズにデミグラスソースを垂らしてしまった。
 ジーンズならまだよいが、これが白系のシャツだととても目立つし、なによりみっともない。
「今日は白い服だぞ。だからいつも以上に気をつけなきゃだめだぞ」とじぶんに言い聞かせるのだが、そういうときほど緊張してスープやソースをこぼしてしまう。

 特に夏物は淡い色が多いので危険極まりない。
 十月末に夏服をまとめてクリーニングに出したのだが、純白のシャツに点々とひと夏ぶんの食いったらしが飛んでいて、店員さんに「あ、これは食べものの染みですね。あ、ここも、こっちの袖も」と一つひとつ指摘され「わたしはいったい何歳なんだ……」と、ものすごぉおおく恥ずかしかった。
 思うに、食べるときの姿勢が悪いのであろう。
 椅子に背を伸ばして座り、屈みこまない程度にテーブルに顔を寄せ、慎重に手先を使えばこんなに汚すことはないはず。
 理論上はそうだ。そうに違いない。
 けれど気づくとお腹とテーブルのあいだに十五センチほどのすき間が空いてしまう。最初はよい姿勢で食べていても、話に夢中になるにつれ手先がおろそかになってゆき、結果、会食が終わるころには、シャツはまるで抽象画のようなありさまになっていたりする。生けるキャンバスである。

 わたしの失敗は食べこぼしだけにとどまらない。
 お醤油の小瓶を取ろうとして、蓋の部分を持って取り上げたあげく、蓋がはずれ、瓶のなかみをぜんぶぶちまけてしまったこともある。手が滑ってジョッキやグラスを掴みそこね、どちゃーっとテーブルを浸水させてしまうこともしばしば。
 もう嫌だ。なんとかしたい。
 なんとかするためには、まず細心の注意を払うことが必要であろう。
 背すじを正し、お箸またはナイフやフォークの行方を最後まで見届ける。
 口を下品にならない程度におおきく開け、しっかり食べものを押し込む。
 熱いものや辛いものをいそいで食べようと焦らず、じゅうぶんに冷ましてから食す――

 と、書き連ねてきたが、そこまで気を遣って食べて美味しいだろうか? 
 そもそも食事はリラックスして、じぶんの好きなように(もちろんマナーは守って)食べるからこそ美味しいし、幸せを感じるのではないだろうか。気を遣い、失敗しないことだけを念頭に置いたら、せっかくの味がわからなくなってしまう。
 やっぱり好きなように食べよう。多少の食べこぼしは「ご愛嬌」と思い、周囲にも許してもらおう。
 その代わり美味しく食べ、陽気に笑い、いっしょに食事をとるひとたちとの会話やコミュニケーションを大切にしよう。
 開き直り的な結論に至ってしまったが、これがいまの偽らざる心境である。


【今日のんまんま】
熱々の鉄板に乗せられたハンバーグ。その場でレアなら厚めに、ウェルダンなら薄めにカットして焼いてくれる。んまっ。

んまんま (4)

(炭焼ハンバーグ&ステーキ ジョージ)


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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