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ラストタイツ・ノータイツ/新井由木子

 絵描きのキヨシちゃん(思いつき書店vol.031 キヨシと地図を作る 参照)が、タイツのお下がりをくれました。

 この冬、わたしは昨年から持ち越したラストタイツ(最後の1枚のタイツ)をはき続けていました。
 毎夜脱いだ瞬間にこれがラストタイツと認識するも、朝着用して、帰宅するまで忘れている。これを繰り返し、ラストタイツは週7日勤務を2カ月程強いられていました。
 そしてその日、干した時間が遅かったため、朝までに乾かなかったラストタイツ。
 仕方なく雑巾にする予定の衣類箱から探し出した代打タイツは娘のもので、腿(もも)の部分に縦に一本の破れがあリました。

 わたしと娘では体のサイズが違います(思いつき書店vol.063 太ってますよ 参照)。代打タイツはちょっとキツイなとは感じましたが、比較的伸縮性のある生地だったので、どうにか足先から腿まで入りました。
 お腹部分は主張が激しくて収まりませんでしたが、代打タイツはお腹下の三角ゾーンに丸まることで、なんとか落ち着きを見せました。上からワンピースを着れば、丸出しのお腹も大きく破れた腿の部分も隠れます。見えなければ大丈夫、とわたしは判断しました。

 わたしの企画した『呑んだくれ祭』は、草加駅に程近いsoso park(ソソパーク)で一杯呑むイベントです。そのイベントを翌日に控えていた、その日。
 わたしは代打タイツを身にまといつつ、自身の書店ペレカスブックの店番を抜け出し、soso park横のsoso cafe(ソソカフェ)で、当日販売するおでんの仕込みに追われていました。
 しかし夕刻になり突如として思い出したのはクジの準備がまだだったこと(呑んだくれ祭は一杯呑むごとにハズレ無しのクジが引け、草加のお店の美味しい何かが当たるのです)。わたしは焦りました。
 おでんの鍋に火を入れる仕込み作業が始まったら、中断できません。
 先にペレカスブックに戻ってクジを作らねばと自転車に飛び乗ったその時、何の用があったのかキヨシちゃんがやってきたのです。
「用があるならついてきて!」
 構わずそう叫んで自転車を発進させると、キヨシちゃんが後ろから同じように自転車でついてきながら、
ビリビリやんー!
 と、大笑いしているのが聞こえてきました。すぐに、代打タイツのことを言っているな、とわかりました。

 見えなければ良いと思った腿の破れは、直立した状態でのみ大丈夫。自転車に跨(またが)ると、ワンピースの裾が捲(まく)れ上がり、ビリビリなのが丸見えになっているのだと気が付きましたが、わたしはキヨシちゃんに向かって、
気にするんじゃない!
と(心の中で)叫びました。

 わたしと同じスピードで移動しているキヨシちゃんには、腿の破れがハッキリ見えますが、街の人々から見れば、高速で移動するわたしたちは一陣の風。タイツの破れなど、目視できるはずがないのです。
 しかもビリビリだと指摘されたところで、今はなすすべは無いのですから、話すだけ無駄です。わたしの指摘されたくないという空気を感じたのか、キヨシちゃんはその話題に触れないまま、『呑んだくれ祭』のクジ作りとおでんの仕込みを手伝ってくれました。

 後日、キヨシちゃんは黙ってタイツをくれました。彼女はとにかく服をたくさん持っていて、一度着た服は二度と着ないといううわさがあるくらい。わたしにくれるタイツは余っているものだそうです。
 タイツは2本あり、グレーと、黒に模様の入ったものでした。
 模様のほうがとても気に入ったのですが、1回はいただけなのに股の部分が千切れ、右足と左足それぞれが独立した長靴下になってしまいました。しかも完璧な長靴下ではなく、腰に残ったゴム部分と、蜘蛛の巣状になった繊維でつながっています(これがないと長靴下は足元に落ちてしまいます)。
これもサイズの違いが原因と思われますが、なにしろ気に入ったのでその状態のまましばらく使いました

 おしゃれは、見えないところこそ大事と言います。おしゃれに興味のないわたしが、このような事態になるのは、誰もが納得するところだと思います。
 しかしこんなわたしでも、これが絵や文章のことだったら、見えないところでも妥協を許さず、必死にがんばるのです。要はわたしは、おしゃれに関してプライドがないのかもしれません。

 あれから季節は巡り、わたしのラストタイツとお下がりタイツたちは、その天寿を全うしました。次の冬はノータイツから始めなければなりません。

思いつき書店073文中

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この鍋は直径40cm。もともと大きめの竹輪を半分に切って煮ていますが、こんなふうに長さ20cmぐらいまで膨らみました。でも火を止めた瞬間に、嘘みたいに縮みました。

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」

http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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