note_第32回_呑むものいろいろ

呑むものいろいろ/新井由木子

「酒なんか吞むものではない。あれは浴びるものだ」
 これは、我が家を直してくれた茨城県・牛久の宮大工さんのお言葉で、わたしが人生で出合ってきた数々の名言の中で、かなりの上位に入るものです。

 わたしは大酒吞みです。そして一番好きな呑み方は、家で猫を相手に盃を傾けるひとり酒です。
 今は早朝のおむすびばあさん(思いつき書店vol.010参照)の仕事があったり、昼間店番しながらではできない絵や文章の制作を夜に持ち込んだりしているので、呑めるのはせいぜい週に1、2度。普段はなかなか家で座ってくつろいでいることもありません。
 なので、呑み始めると猫も嬉しいのか、膝に乗ったり、どんな酒を呑んでいるのか確かめるために口元の匂いを嗅ぎにきたりしていますが、しばらくするといつの間にか2匹とも姿を消してしまいます。それは酔うにつれ、だんだんわたしがしつこくなるからだと思います。両手で猫の顔を挟み込んで、どんなにかわいいと思っているか説明したり、猫の体の各所を嗅いだり、てぬぐいをマフラーのように猫に巻いて似合う似合うと騒いだりするにつれ、だんだんウンザリとした表情になり、ふと、いなくなってしまうのです。

 今でこそ、このようにひとり呑みが好きなわたしですが、若い頃はやはり、人とワイワイ呑むのが好きでした。そしていつでも、呑むと記憶が無くなるのが常でした。翌日になると、一緒に呑んだ人に何か失礼をしていないかと、かなりヒヤヒヤします。その人が挨拶をしてくれるとホッとする。再び呑みに誘われると嫌われていなかったと安心し、はしゃいで呑んで記憶を無くすという過程を繰り返していたのです。

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 自分で覚えていなかったとしても、呑んでわたしが何をしたかは、確実に人の記憶には残っていきます。
 あれは20代前半の頃のことです。わたしは当時勤めていた会社の呑み友達と、渋谷の日本酒専門のショットバーのようなところに行きました。どのような酒をどのように呑んだのか、いつものように全く記憶は残りませんでしたが、次の日会社に行くとみんなが何やら囁いています。笑いながら誰かが誰かに何か耳打ちする。聞いたほうは目を丸くしてわたしを見る。何だろうなと思っていると、呑み友達とは別の、心ある先輩が教えてくれました。

「新井さんが酔っ払ってドブの水を吞んでいたって噂だよ」
 そんなことが!
 いやいや、さすがのわたしでも、そこまではしないだろう?

 わたしは必死に記憶を巻き戻します。ぐるぐる回る視界にバーの看板と、地面に見えるのはチョロチョロと水の流れる水路。そしてわたしは……。
 そうです。わたしは、呑みすぎた分を口から出したくなったので、世の中に極力迷惑をかけないよう道の端にしゃがみこんで、流れる水路に体内の酒成分を、そっと戻していたのです。水分補給していたわけではないのです。
 噂を教えてくれた先輩の目が、責めるような、少し厳しい光を宿していたのを覚えています。

 浴びるほど呑めるのも若いうち。ちょっとした失敗も青春の一ページかもしれません。
 今では年を重ねて、吞んだ時の記憶も大分残るようになりました。

 そんなある朝、起床して洗面所に行くと、身支度をする娘と、娘の足元にはタオル掛けが壁から剥がれて落ちていました。
「覚えているの? 昨夜のことを」
 まるでひと夜の過ちでも犯したかのような言葉を投げかけてくる娘。
 覚えてる。酔っ払って猫もいなくなってつまらなくなったわたしは、風呂上がりでマッパの娘(大学生)に、冷たい水をかけるぞーとふざけて脅かして、口に含んだ冷水をピュッピュッと小出しにしながら追いかけ、しまいにタオル掛けにぶら下がろうとしたら、タオル掛けが壊れた……。
 娘の目も、責めるような情けないというような表情をたたえて、光っていました。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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