note_第3回くさやと女子高生の巻上

新井由木子【思いつき書店】vol.003 くさやと女子高生の巻(上)

 わたしのかわいい「くさや」たちが、芸人さんたちの鼻の下につけられて、臭い臭いと嫌われています。テレビの画面が面白ければ面白いほど、わたしはそこはかとなく切なくなります。それはわたしがうら若き高校1年生のときの、くさやに関する悲しい出来事に由来しているのかもしれません。


 くさや列島伊豆諸島の東京から数えて4番目、式根島という小さな島でわたしは生まれました。母の実家は式根島の隣くさやの本場新島、しかも代々くさや作りを生業としている老舗でした。
 そんなわたしの隣には生まれてからずっと、常にくさやがあったと言っても過言ではありません。
 ご飯のシメはくさやのお茶漬け。おやつの芋団子に一番合うのはもちろんくさや。くさやにも旬があり秋の脂が乗ったくさやは特別なごちそう。
 だから島に住む人にとっては誰しも、くさやの匂いは良い匂い・美味しい匂いであり、臭いという認識は毛頭なかったのです。

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 ところで、式根島には高校がありません。島の子どもたちは中学卒業と同時にもれなく島を出ることになるのですが、わたしが行くことになったのは寮のあるミッションスクールで、幼稚園から大学までフルコースで揃っている、イイトコのお嬢さんなどが入学されるハイソな学校でした。
 今のわたしを知る人はそんなトコがどんなにわたしという人間に合わないかわかると思いますが、そんな合わなさを象徴する出来事は、なんと入学式直前の入寮初日に起きたのです。

 その日、新入生たちが寮の中庭にずらりとならび、部屋番号・室長名・新入生名の順で点呼、組み合わせが行われました。3階建コンクリート製の寮は各フロアが確か8部屋ずつあり、それぞれ8人の生徒が入ることになっておりましたが、1部屋に中学年生から大学1年生までが満遍なく入っているという、なにか大人の頭で考えられた綺麗事の匂う構成でした。新年度の部屋割りは、6人の在校生が中学あるいは高校からの新入生2人を迎える形です。

 わたしは同室になった同じ高1のM子さんと2人、室長のK原さんに連れられて部屋へと入りました。
 2段ベッドとロッカーの間を進むと中央にカーペット敷きの小部屋があり、M子さんとわたしの荷物が据えてあります。そしてそれを囲んで、これから寮生活を共にする中学1年生から大学1年生までの6人がずらりと座っているのです。

 その学校は流石にハイソなだけあって、本校にふさわしい生活は大人に強制されるものではなく生徒が作っていくものという、これも大人の頭で考えた感じのしきたりがあるのです。だから新入生の荷物も適正なものかどうか在校生が一斉に見てあげるという、何もしてないのに最初から公開処刑のようなことが行われているのでした。

 ところで、入寮に際してのわたしの荷物は、使い込まれた大きな革のトランク1つでした。父の自慢の品で人間の大人も入れるほどの巨大さです。引っ越し用のダンボールをいくつも積み上げたM子さんの荷物とは明らかに雰囲気が違っています。今思い返すとその辺りから在校生の皆さんも「なにか、変わっているな」と思っていたかもしれません。

 こうして、わたしの人生において忘れることのできない“悲しみのくさや事件”の幕は、切って落とされたのでした。

(後半へ続く)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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