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街に出よう、浅草に行こう/沢野ひとし

 長い間、東京の中野区に住んでおり、結婚して国立市に引っ越しをした。だから中央線沿線の古書店や居酒屋、古い喫茶店の話題になると、熱っぽくなる。
 逆に浅草や深川界隈の下町はさっぱりで、頭に地図が浮かばず、友人が酔って「隅田川は『澄んだ川』の意だ」(※)という話を羨ましく聞いていた。その隅田川がどこの町を通り、どの入り江に流れ込んでいるのか、わかっていなかった。

白鬚橋


 秋は散歩にぴったりの季節である。大正時代からある白鬚橋(しらひげばし)を友人と眺めていた。元々は1914年(大正3年)に架けられた木橋であったが、関東大震災の復興事業として1931年(昭和6年)に架けかえられた橋である。あいにくの小雨の午後であったが、ローソクを立てたようなスカイツリーが白い橋と景色に溶け込み、旅情を誘う。
 大正時代に橋が架けられる前は、そこには渡し場があった。渡し舟で恋人同士の行き来があったと思うと、さらに見る風景が色っぽくにじみ出てくる。
 “橋場の渡し”と呼ばれた渡船場周辺は、江戸時代は風光明媚な場所で、大名や豪商の別荘が立ち並んでいたと知る。今ではしゃれたモダンなマンションがそびえている。

神谷バー

 下町はさしたる目的もなく、適当にふらつくのが良い。私はどこに行っても名所旧跡はあえて見ず、名物や銘酒といった、食べ歩きにもほとんど興味がない。

 ただし浅草に行ったら必ずといっていいほど寄る店は、神谷バーである。神谷バーの西洋料理は、手作りの家庭的な味が和む。生ビールにかにコロッケ、メンチカツ、ビーフシチューと値段も気にせず、友人と次々に注文して「やっぱりこの味は神谷バーでしょう」と言い合い、1880年(明治13年)から酒店として開業した歴史をたたえる。
 その年は「東京法学社創立、後の法政大学が生まれた……」と、横にいた友は自分の大学をこの時とばかりに誇らしげに言う。
 そして集まった年寄り連中は「養生して長生きしないとね」とビールの再々追加をした。

昨年は予約でいっぱいでした

 下町はその歴史が深いこともあって、碑が町の思わぬ所にポツンと建っている。小さな一葉記念公園に、樋口一葉の代表作『たけくらべ』の記念碑があった。博学な友が「けっこう美人なので驚いた」と言えば、もう一人は「確かに」と目を細めて言った。

酒がまずい

(※)諸説あります。

イラストレーター・沢野ひとしさんが、これまでの人生を振り返り、今、もう一度訪れたい町に思いを馳せるイラスト&エッセイです。再訪したり、妄想したり、食べたり、書いたり、恋したりしながら、ほぼ隔週水曜日に更新していきます。

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)、絵本「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。最新刊『ジジイの片づけ』(集英社)が好評発売中。電子書籍『食べたり、書いたり、恋したり。』(世界文化社)もよろしくね。
Twitter:@sawanohitoshi


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