note_第14回_食べ歩けなかったもの

新井由木子【思いつき書店】vol.014 食べ歩けなかったものの巻

 ペレカスブックの閉店作業を終えて、その帰り道のことです。
 自転車で走っていると、うら若い女性が何か棒のような細長いものを持って信号待ちしているのが、前方の交差点に見えました。その長いものは午後8時の暗さの中でシルエットとなって、何なのかわかりません。お内裏様が笏(しゃく)を持つように、あるいは長いマイクを持つように、それは女性の口元に向かって長く伸びていました。
 信号が変わり歩き出すのと同時に、彼女はその長いものにパクリとかぶりつきました。パクパクと食(は)むたびに、棒が少しずつ短くなるようです。横断歩道を渡り反対側の道を歩いて、わたしの視界から消えるまで、彼女はずっとパクついていました。歩いている間だけ食べる。まさに正式な食べ歩きです。

 その長いものが何だったのかは、とうとうわかりませんでした。胸の前で手に持っても、口まで届く長い棒。一定の太さがあるので串ものではない。また真っすぐに立っていたことから海苔巻きのように重みのあるものでもない。パンであの長さなら曲がるだろうし、硬いパンにしては食べるスピードが早かった。もしかしたら麩菓子でしょうか?
 なんにしろ、もう大人と言って良い女性がせわしげに、そして美味しげに、パクパク食べながら歩く様子は、とても可愛かった。

 お行儀が悪いという人もいますが、わたしは食べ歩きが好きです。すぐ食べられるものが多く、待つ時間がないのも良いし、味覚に意識が半分いくので歩くのも軽やかになるし、なによりなんだか楽しいのです。

 食べ歩きで一番うれしいのはおむすびです。美味しいし、お腹にたまるし、なにより食べ歩きしやすい形ができあがっています。わたしは大抵一人で行動することが多いので、映画に行くにも、買い物に行くにも、街を見回す目はいつもおむすび屋さんを探しています。見つからなかったらコンビニにもけっこう美味しいのがあります。選んだかわいいおむすびをポケットに入れ、食べ歩けるタイミングを楽しみにしながら歩くのです。

 ソフトクリームも食べ歩きしたいもののひとつですね。ソフトクリームには忘れられない思い出があります。
 その時もわたしは一人で、吉祥寺に届け物の用事があって来ていました。
 吉祥寺らしい洒落たケーキ屋さんの前を通りかかると、店先の掲示板に描かれた少し高級なお値段のソフトクリームが目に入ったのでした。季節は夏、冷たいものの欲しかったわたしはテイクアウトするべく、お店に入りました。
 ガラス張りの店内は明るく、友人同士や恋人同士がケーキとお茶とおしゃべりを楽しんでいます。そういうのも勿論良いのですが、一人でさっさと移動したい人にも対応した、持ち歩きながら食べられるソフトクリームは素晴らしい発明だと思います。わたしはケーキの並んだショーウインドーの前でソフトクリームを注文しました。
 さすが高級なソフトクリームなだけあって、絞り出しがデコレーションクリームのように細かいすじ模様、コーン部分はクッキー生地で作られています。美味しそうです!

 さっきも申しましたが季節は夏でした。夏も真夏どころか猛暑以上の酷暑でした。外に出ると、強い日差しはまるで待ち構えていたかのように、高級ソフトクリームに情け容赦なく降り注ぎます。
 普通のソフトクリームより繊細なのか、高級ソフトクリームはたちまち大汗をかいてうなだれ、ボタボタと雪崩となって流れました。まだ店のショーウインドーの前でしたから、五歩も歩いていません。わたしはその場で、手の上で溶け出してクッキーのミルクおじやとなりつつあるものをガブガブと食べました。
 これって、もしかして店内で食べるものだったのでしょうか。食べ歩きは、そののんびりした時間がうれしいのです。これでは食べ歩きでなく、街角早食いです。楽しくもなんともない。

 ふと顔を上げるとガラス越しに見ていたのかお店の中の人たちが、さりげなく目をそらしました。
 そういう時、見て見ぬふりをする都会の人々の優しさが、わたしはとても好きです。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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新井由木子【思いつき書店】
新井由木子【思いつき書店】
  • 83本

「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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