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死ぬ夢と呑気な中学生/新井由木子

死ぬ夢』を、よく見ます。

 ある時は討ち入りの場面におり、抜き身をひっさげ、ときの声を上げて屋敷(多分、吉良上野介の屋敷)に突進する仲間の後に続き走っていました。
 勇壮ではありますが、心中は斬られたらどのくらい痛いのかという恐怖でいっぱいです。勘違いでその場に参加してしまった、なんの覚悟もない町人に違いありません。力が入らずヘナヘナする足取りで、かといって逃げ出す勇気すら出ないまま、前進していくのでした。

 またある時は実家の居間に、黒服の秘密警察らしき人物を迎えていました。差し出されたのは小型でありながら地球が消し飛ぶほどの新型爆弾(ダンベルに似ていました)で、すでに起動のスイッチが入っています。
 止めることができないならば、家族(父・母・妹)が生き残れるように、少しでもその可能性があるようにと、わたしはダンベル(爆弾)を口にくわえ、厚みのある本棚の後ろに入り、本棚と壁の間に手足を突っ張って、目も眩(くら)む白い閃光に包まれ昇天するのでした。

 その他にも、車で噴水を駆け上り爆発する。不気味な彫像の並ぶ果てしない回廊を巡って、出られなくなる。巨大な粘土に吸収されるなど、今までに見た死ぬ夢のレパートリーは、たくさんあります。

 こういった夢は、占いによると吉夢に分類され、新しい人生が始まる暗示とも言います。しかし本人にその実感はありません
 これらの夢によってもたらされるものは、わたしは死ぬのが非常に怖いヘタレだという確信。実際にその時になれば、怖さのあまり我を忘れて大騒ぎすること間違いなしでしょう。

 そのような自分を踏まえて、当時中学生だった娘に、次のように言い聞かせたことがあります。
 いかなる場合でも、自分自身の安全を一番大切に。自分の身を危険にさらしてまでも、母(わたし)を救おうとしては、いけないのだよ、ということ。

「一目散に逃げなさいよ。お母さんは、絵を描くことと、子育てをすること、2つの好きなことを思い切りやったので、思い残すことはないんだよ」
 娘は大粒の涙をポロポロとこぼしました。しかしよく聞いてみると、嗚咽の中から
「飼っている猫をおいていくと思っただけで辛い」
 などと言っていたので、母心はどのくらい通じたのかと一抹の不安を感じました。

 数日後、老人が喉に餅を詰まらせることへの対応をレクチャーする番組を見ていた娘が、わたしのほうに振り返って、こう尋ねました。
「ねえママ、餅が詰まった場合は助けて欲しい?
 わたしはすぐさま答えました。
助けて欲しいわ!

 やっぱりわかってなかったね、母心。
 脱力しつつ、餅が詰まっている母を助けても、あなたの身になんの危険もないでしょうと説きながら、わたしの心はなぜか救われていました。世の中の深刻なことをまだよくわかっていない子どもの呑気は、不安で凝り固まった大人の心をほぐす、一服の清涼剤です。

 ちなみに娘は普段から眠りが深く、夢など見ないそうです。
 今年のお盆は、故郷へ帰ってのお墓参りはできないけれど、すでに彼岸に渡ってしまった大好きな祖父母や叔父のことなどを、娘に話してみようかな。

思いつき書店092文中

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook