note_第3回ロケ弁

中澤日菜子【んまんま日記】#3 ロケ弁

 小説家としてデビューしてまだ五年だが、たいへん幸運なことに二作品が映像化されている。
 ひとつめはデビュー作「お父さんと伊藤さん」で、これはタナダユキ監督により映画化。主演は上野樹里さん、リリー・フランキーさん、藤竜也さんという豪華メンバーだ。十六年秋に全国公開されたので、観てくださったかたもおられると思う。
 二つめは「PTAグランパ!」。これはNHKBSプレミアム枠で、十七年の四月~五月の二か月間、全八回放送された。主演は大御所・松平健サマ。安達祐実さんや浅田美代子さんといった美しくかつ聡明な女優さんが脇を固めてくれた。この「PTAグランパ!」は大好評につき、今年も同じ枠でなんとパート2が放映。原作者であるわたしは感涙にむせび泣いた。

 自作の映画化、ドラマ化。こんなチャンスは滅多にない。企画が決まるやいなや、わたしは制作会社にすぐさまお願いのメールを出した。
「ちょい役でいいので撮影に参加させてください」
 ただのミーハー心である。が、ものは言いよう。
「いつか書くかもしれぬ小説の取材として」と強引に理由をつけ、無理くりどちらの現場にもお邪魔した。

 今年放送された「PTAグランパ2!」では、「松平さんや佐藤B作さんらが路上で歳末募金をお願いするところに通りかかり、募金をする主婦」の役。撮影が行われたのは五月半ば。すでに汗ばむ陽気だが、なにせドラマ上の設定は寒風吹きすさぶ師走。クリーニングに出したコートやセーターを着込み、担当編集者K嬢とともに、集合場所に指定された都下の公民館に向かう。

 控え室として用意された部屋に入ると――きゃー! マツケンさまがメイクをしてらっしゃる! 
「おはようございます、先生」鏡前からマツケンさまが笑いかけてくれる。すでに数回お会いしているので、顔を覚えてくださったのだ。感激。
「じゃ先生も顔、作っちゃいましょうね」ヘアメイクさんに促され、鏡前に座る。プロの手によって、あっという間に地味で平凡な顔が、カメラ映えする立体的な顔に。

 キャスト全員の支度が整ったところで、いざ撮影場所へ。今日の撮影は市役所前の歩道で行われる。現場には監督、助監督はもちろん、カメラ、照明、音声の各チーム、そしてアシスタントプロデューサーの皆さんらが大勢待機している。どきどきしながらじぶんの出番が来るのを待つ。
 待つこと約三十分。ついにわたしのシーンになった。まずテストといって、監督のつけた段取り通りざっくり動いてみる。
「先生、リラックス。普段通りでいいんですよ」監督はそう励ましてくれるが、真横に迫るカメラに顔は強張り、視線はうろうろ泳ぐばかり。見かねたB作さんがアドリブを交え、リラックスさせてくださる。
「よっ。そこのブリジット・バルドー似の奥さん! ちょっとでいいから募金してよ、お願い!」
 ブリジット・バルドー……。周囲から失笑、もとい温かな笑いが起こる。おかげでわたしも自然と笑顔に。
「じゃ次は本番行きます!」
 監督の声に、すかさずヘアメイクさんが駆け寄って来、ヘアの乱れやメイクの崩れを直してくれる。音声さんが服の下にマイクを仕込む。うーん女優気分全開。
 何回かとちったものの、無事出演シーンは終了。B作さんマツケンさん はじめ、俳優の皆さんの心遣いがとても嬉しかった。

 午前中のロケを終え、控え室である公民館に戻る。先回りしていた制作部から「お疲れさまです。お弁当届いてますよ」の声が。ぴくり。耳が反応する。
 じつはこのロケ弁を食べてみたい、というのが撮影にお邪魔した「裏動機」であった。だってだって監督や出演者がSNSに上げるロケ弁のどれもがとても美味しそうだったのだもの。
 物欲しげにロケ弁を見つめるわたしのこころを見抜いたのだろう、K嬢がそれとなく探りを入れてくれる。だがしかし。

「中澤さん。わたしたちは午前で終了組なので弁当は配給されないようです」
 がーん。肩を落とすわたし。見かねたK嬢が「近くにお寿司屋さんありましたから。そこでお昼食べさせてあげますから、ねっねっ」ぐずる子どもをなだめるように言うのだった。
 いつかロケ弁を食べてみたい。
 そのためには日々精進し、映像化されるような面白い小説を書かねばならぬ。
 かっぱ巻きを噛みしめつつ、こころに誓うわたしであった。


【今日のんまんま】
神楽坂でパスタランチ。ほろほろに煮込まれた牛肉に玉ねぎの甘さがプラスされ、全体をグラナパダーノチーズの塩気と風味がまとめている。んまっ。

パスタ-1

トラットリア ラ タルタルギーナ/東京都新宿区赤城下町33-24 TEL03-6265-3146


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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