note_第8回困ったやつら

中澤日菜子【んまんま日記】#8 困ったやつら

 困ったやつらとは、扱いづらい野菜のことである。
 筆頭格は、里芋、長芋といった「ぬるぬる系」だろうか。
 なにせ皮を剥くのが難しい。半分までは皮に手を添えてピーラーで簡単に剥ける。だが、残りの半分は、ぬるぬるした部分を手に持って処理しなくてはならない。これが難儀なのだ。
 固定しようにも、どこまでもぬるりんと逃げてゆく。ちからを入れて押さえても、ぬるりん。優しく持てば、つるりんと逃げてゆく。しかも長芋に至っては、ぬるぬるがやがてかゆかゆに変化してゆく。何度苦労させられてきたことだろう。
 だが最近、画期的な剥きかたを知った。茹でてから剥くというやりかたである。
 里芋を十分ほど茹でてから、水で冷やす。しかるのち皮に手をかければ――あら不思議、ぺろんと容易に剥がれてゆくのである。しかも下茹でまで済ませることができるという、一石二鳥感がたまらない。
 もちろんこの方法は加熱して使う場合に限られる。長芋のサラダなどには応用がきかない。
 でもこの「茹でてから剥く」を知ってから、真空パックに入った下処理済みのものではなく、生の里芋を買うことが増えた。八百屋さんで買う大きめの里芋はほんとうに美味しい。とくに寒い季節、豚汁に、煮物にと里芋は活躍してくれる。このやりかたを考えたかたに盛大な拍手を送りたい。

 次に扱いづらいのは、お堅いやつら。おもに南瓜さんだ。
 安い包丁で、しかもちゃんと研いでいないわたしも悪いのだが、刃を入れ、割ろうとするとたいてい三分の一あたりで刃が止まってしまう。では、と、いったん抜こうとすると、今度は抜けないのである。
 引くに引けず進むに進めず。結果、南瓜が刺さったままの包丁を台所で振り回すという、最低最悪の事態を招いてしまう。
「南瓜問題」に関しては、いまだ解決策を見つけられていない。もしよいアイデアがあったら、ぜひともご教授いただきたい。

 そのあとに控えるは、スライス系であろうか。きゅうり、にんじんといったサラダメンツが頭に浮かぶ。
 例えばポテトサラダを作るとき。スライサーを手に、わたしは緊張する。
 手際よくできればよいのだが、うっかりしているとじぶんの指までスライスしてしまうという、危険極まる事態に発展してしまう。じっさい、いままでの人生で、なんど人差し指をスライスしてきたことだろうか。
 痛いんですよね、あれ。皮で止まればまだしも、わりと深めにやっちゃったときなど、血は出るわ、じんじん痛むわでものすごく悲しい気持ちになってしまう。
 しかも人差し指って、家事、仕事その他でけっこう使うから、いつまで経っても治らない。しかもしかも絆創膏がとっても貼りにくい場所ときてる。何重にも悲しく悔しい思いをすることになるのだ。しくしく。

 だがしかし、困ったやつらのラスボスは――やはり玉ねぎ。こいつに尽きるのではないだろうか。
 人類の歴史において、何千、いや何億の人びとが、玉ねぎに泣かされてきたことだろう。
 よく冷やした玉ねぎは、確かに涙腺を刺激しにくい。だが常温保存していたり、うっかり冷蔵庫に入れ忘れたやつらを刻むとき、これでもかと目から涙が溢れだす。ときにはくしゃみまで伴う始末。
 どんなに文明が進み、IT化の波が押し寄せようとも、きっとこのさき未来永劫、人類は玉ねぎに敗北しつづけるに違いない。
 けれども。玉ねぎと格闘しながらわたしは思う。
 そのうち人類が進化して、玉ねぎを切っても涙の出ない体質を獲得するかもしれぬ。
 人類の進化に希望を委ね、今日も泣きながら玉ねぎを刻むのだった。


【今日のんまんま】
寒い夜はビーフシチュー。コクのあるソースで煮込まれた牛肉は、舌の上でほろりとほどける柔らかさ。んまっ。

ビーフシチュー

目白 旬香亭/東京都豊島区目白2-39-1 トラッド目白2F TEL03-5927-1606


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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