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スギアカツキ【たまごのはなし】第11回 “卵の殻”が教えてくれた、人生で大切なこと

今日は「食べること」を離れて、私が30年以上前に出合った「本」の話をさせてください。その本のタイトルは、『のぼるはがんばる(東 君平 作・画)』。絵本作家の東 君平さん(1940~1986年)が世に残してくれた代表作です。当時小学生だった私は、そこに登場する“卵の殻”を被った小さな生き物から、大きな哲学を学んだのでした。

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本書の主人公は、「ひがしさんの家」で飼われているトラ猫の「のぼる」。ネズミを知らないオス猫なのですが、ある日、家の屋根裏部屋で「チューインガム」という卵の殻を被った、自分よりも小さな動物(メス)に出会います。のぼるは小さなチューインガムにおいしいごちそうをもらいながら、まるで子分のような立場で友情を育んでいきます。

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この絵を見れば、この動物がネズミであることは、すぐに想像ができるでしょう。しかし、それを知らないのぼるは、なんの固定観念を持つことなくチューインガムと向き合い、友情を深め、さまざまな感情を経験することになります。
ここでチューインガムの特徴をまとめてみましょう。

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・強い相手(目上の相手)と対等に付き合う手段を持ち合わせていること。
・家の誰よりも、家で起こっていることのすべてを把握していること。
・本のページ(紙)を食べて、さまざまな知識を得ていること。
・(のぼるの)お母さんと同じ、いいにおいがすること。
・見た目がかわいらしいこと。

小さかった私は、このチューインガムに対して強いあこがれを抱いたことを鮮明に覚えています。
話を本に戻しましょう。
時が過ぎるにつれ、のぼるは友人猫の影響により、チューインガムがネズミなのではないか? という疑念を持つようになります。そして、こんなことをつぶやきます。


けどね。ぼくは、ぜったい、チューインガムが、ねずみだなんて、おもいたくないんだ。チューインガムは、ぼくのすきな、チューインガムで、いいんだよね。ぼくの、わからないこと、おしえてくれて、おいしいもの、いっしょにたべて、おもしろいときに、いっしょに、わらったりする、ぼくのすきな、チューインガムで、いいんだよ。

のぼるはそもそもネズミという生き物を知りません。しかしチューインガムの立場からすると、いつ何時、のぼるが知り得るかわからないわけですから、リスク回避のために卵の殻を被っているわけです。彼女の未来を見通す能力に脱帽してしまいます。

そしてついにのぼるは、チューインガムがネズミであることを、“おとなの心”を持った友人猫から諭され、例えようのない悲哀を味わうのです。もちろん、俯瞰力のあるチューインガムは、卵の殻を残して家を去ってしまいました。

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この本のあとがきで、君平さんは言っています。


知らなくてもいいことは、知らなくてもいいと、思うのです。
(中略)
私も、のぼる同様、“ネズミを知らないねこ”なのかもしれませんが、そうした方が、幸福になれるような気がするのです。


わたしは、“この卵の殻”によって、「友情」という概念を学び、優しさや悲しみを知りました。そして大人になった今、卵の殻を見るたびに、人生の勇気や知恵をもらっているような気がしています。


●東 君平さんについての情報はこちらをご参照ください。
くんぺい童話館


文・写真:スギアカツキ/食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。現在、世界中の食文化を研究しながら、各メディアで活躍している。『やせるパスタ31皿』(日本実業出版社)、女子SPA!連載から生まれた海外向け電子書籍『Healthy Japanese Home Cooking』(英語版)が好評発売中。
「みなさん、一番大好きな食べ物ってなんですか? 考えるだけで楽しくなりますが、私は『たまご』という食材に行きつきます。世界中どこでも食べることができ、その国・エリア独特の料理法で調理され、広く愛されている。そしてなにより、たまごのことを考えるだけで、ワクワクうれしい気分になってしまうんです。そこで、連載名を『たまごのはなし』と題し、たまごにまつわる“おいしい・たのしい・うれしい”エピソードを綴っていきたいなと思います」
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