note_第15回_姉妹と島の蚊

新井由木子【思いつき書店】vol.015 流人墓地の黒い雲の巻

 先日、学びたいことがありまして、伊豆諸島は新島へ行ってきました。
 おむすびばあさんなどもしているわたし(『思いつき書店』vol.010参照)には日程が多くは取れず、案内をしてくれる母とは実家のある式根島ではなく、その隣の現地新島で落ち合う約束です。
 早朝、島に着いて船を降りると、桟橋に立つ母が二人。これは元々忍びの者を養成する隠れ里としての役割を古くから担ってきた島民に伝わる秘術によるもので、蜃気楼のように自分の姿をダブって見せる技です。
 というのはウソで、母の隣にほぼ同じ顔の叔母(母の妹)がいるせいでした。

 わたしたちは新島で暮らす叔母の家へまず移動。そこで食べた朝食の、叔母の畑で採れた野菜をふんだんに使った温野菜は、なんとも優しい美味しさでした。
 島は船で物資が運ばれてくる宿命上、新鮮な野菜が手に入りにくいのです。なので島民はたいがい、自分の家で食べる分くらいは賄える野菜畑を持っています。
 叔母の畑で収穫された万願寺とうがらしは肉厚で甘く、これも採れたてのニラはフワッと香り、食欲をそそる。特別な味つけをしなくても美味しかったのは新鮮さのせいなのかなあ。

 見回してみると、叔母の家はどこもかしこもキッチリキチンと片付いていて気持ちが良い。これに比べると母は少しおおらかで、それもまた居心地が良いのですけどね。
 わたしには妹がいるのですが、妹もキッチリキチンと派。わたしはというと、とんでもなくおおらか派。どうも姉妹となると、姉族というのはおおらかで、妹族というのはキッチリしている気がする。わたしが知る他の姉妹たちにもそういうトコが多い気がしますが、たまたまでしょうか。

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 ご飯の後、わたしと母は本来の目的である新島の歴史巡りに出かけるため、叔母に車を借りました。さすがキチンと行き届いた叔母だけあって、車内には虫除けスプレーが置いてあり
「ここのツマミを、こうして(と、ツマミを捻ってみせて)使いなさいよ。今年は蚊が多いからね」
 使い方まで教えてくれて、わたしたちを送り出してくれました。

 新島の総鎮守十三社神社で、とある重要なお話を伺ったあと新島村博物館へ。新島特有の漁を模して船に乗った等身大のマネキンがイケメンだと感心する母娘。展示された獅子舞の中にいるマネキンの顔を覗いたりする母娘。とても楽しかったのですが、気づいたら二人とも蚊に刺されていました。叔母さんがせっかく気を遣ってくれたのにスプレーを使わなかったからねーなどと話しながら、その後は流人墓地へ。

 母も娘時代に来て以来というその墓地は、うっそうとした森の一角にいくつもの墓石がありました。苔むしてはいましたが白砂が敷かれた地面が映えて、人の手をかけて丁寧に管理されていることがうかがえます。
 主に江戸時代、流人制度によって新島で人生の終わりを迎えた人々のお墓。罪を犯した人もいたけれど、政治の犠牲者や、知識階級の人もいたのです。そしてその制度と格闘した島民の歴史を思い、感慨深く佇む母娘……。

 しかしそのときです。
 耳元に微かなブーンという異音がしました。異様な気配に振り返ると、そこには蚊が黒い雲のように群をなしていたのです。
 島の蚊はとても大きく体長は1cmはゆうにあります。うわーっと手を振り回すと、そのデカイ蚊がバババババと手に当たります。てぬぐいを振り回しながら車に辿りつくと、ずうずうしくも車まで乗り込んできた蚊に刺されないように、あわててシューシューと虫除けを使いました。
「車を降りる前に使わないとダメなんだよ!」
 お互いの口から怒号が発せられますが、誰に向かって言っているのかわかりません。

 その後、母の実家の地所を新島の山のほうまで見に行きましたが、わたしと母はここでも虫除けを使わずに車を降り、ろくに土地も見ずに帰ってきました。
 気づけば、母も長女、わたしも長女。そこには姉族しかいないのでした。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook