note_第65回鍵が無い

鍵が無い/新井由木子

 カフェコンバーションの鍵が無くなりました。
 鍵は通常わたしたちしか知らない秘密の場所に隠されていて、毎朝それを取り出して店のドアを開けるのですが、その日カフェコンバーション店主(以下コンバーション)が出勤したところ、その鍵が無くなっていたそうなのです。
 残り1つの鍵は、2階に店を持っているエダハの店主(以下エダハ)しか持っていません。仕方なくそれを借りて開け閉めしつつ捜し回ること数日。鍵は見つからず、とうとうコンバーションはスペアの鍵を作ることにしました。少し特殊な鍵のため、わざわざ取り寄せて作ってもらうので、そこそこお金もかかるようです。

 スペアが届くまでの間も、なんだか気になってあちこち捜してみたのですが、全く見つからない鍵。しかしその夜、先にコンバーションが帰宅した店内にひとりでいると、わたしは突然に閃(ひらめ)いたのです。
 鍵の秘密の隠し場所には、手前にいかにも薄いものが入り込みそうな溝があるのです。そこに入り込んでいるのでは?
 わたしは秘密の場所に行き、目視はできない手前の溝を探ってみました。すると指にカチリとしたものが触れ、それは本当に鍵だったのです。わたしはすぐさま、コンバーションに電話をかけました。
「鍵があったよ!」
「どこに!」
「いつもの秘密の場所にあったよ。手前の溝の中に入っていたんだよ!」
「ウソ。何回も見たよ、そこは何回も探したよ!」
「でも、あったんだよ!」

 通話を終えたあと、わたしの胸の中に残った小さなしこりがなんなのか、その時は判然としませんでしたが、翌日コンバーションがエダハと話しているのを聞いて、その正体がわかりました。
「鍵があったんだよ」
「えっ。どこに」
「いつもの場所。溝に入ってた」
「そんなことってある?」
「新井さんが見つけたの」
「ふうん」

『第一発見者が容疑者』
 2人はそれ以上会話を続けませんでしたが、言外にこの言葉を共有しているのが伝わってきました。
 こういう場合、疑念を払拭するのに必要なのは日頃の信頼ですが、わたしはよく忘れ物をしている上に(思いつき書店vol.060参照)、鍵が無くなった数日前にも酔っ払って財布を落とすということをしでかしたばかりなので、疑わしい人物と思われても仕方のない部分もあるのです。

 数日後、コンバーションが出来上がってきたスペアの鍵を持ってきて
「これは新井さんが管理して」
 と言ってきました。
 その時、わたしはコンバーションって素敵だなと思いました。疑わしいと思っても、だらしがないと知っていても、それを越えて一緒に働くわたしを信頼することで絆を強くする。どうりで、コンバーションを慕って人が集まるわけです。
 ハンモックリフレ(思いつき書店vol.035参照)が西東京市から引っ越してきたのも、コンバーションの近くが良かったからだと言っていましたし、絵描きのキヨシ(思いつき書店vol.031参照)も、コンバーションに相談して、大阪から草加に越してきました。
 更に最近は草加出身の音楽ユニット、ケセランパサランの愛子ちゃんも、コンバーションの自宅の近くに引っ越してきたらしい。
 それに、カフェコンバーションでバイトをして辞めていった歴代のスタッフも(ほぼ)みんな、何かというとお茶をしにくるのも、コンバーションの人柄が好きだからなのだと思います。

 そんな素敵なコンバーションに、そのスペアの鍵を、わたしがもう無くしてしまっていることは、まだ言えないでいます。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook