思いつき書店071

地獄底/新井由木子

 さんざん時間とマネーを費やして、最終的に地獄の底が開いたお話です。

 あれは3年ほど前のこと。イラストレーターでありながら自身の小さな書店を立ち上げたわたしが考案したのは、『ぞうのえほんバッグ』という絵本専用のバッグでした。名前のとおり象の形をしており、耳を持ち上げると絵本が顔をのぞかせます。それは今までにない「絵本を持ち帰る時間が楽しくなる」特別なバッグなのでした。

「絵本が象に乗ってお家にやってくる」という、物語性を大切にしたかったから、象の形。何に乗ってきても良かったのですが、大きな象は面積的にも大きくてバッグにしやすいし、のんびりした雰囲気が良いと思いました。子どもたちが楽に持てて、しかも小さな絵本から大きな絵本まで入るように、箱のような奥行きのある形に工夫しました。

 しかしこの「奥行き」があったために、製作には苦労がありました。奥行きがあるということは「組み立て」が必要であるということです。サイドに差し込みを作って立体にする案が却下されたのは、パカパカと紙が浮いてしまうからです。
 紙工場の担当者さんと、さんざん考えて辿り着いたのは、箱型のバッグの底の部分に4枚の羽を作り、フックの形状にして組み合わせる『地獄底』と呼ばれる形状でした。

 それにしても、地獄底とはすごい名前です。 
 地獄も死後の世界ではかなり底だと思いますが、更にその底。なぜこんなに怖い名前なのだろうと思いましたが、その名のとおりに、この形状が我が身に地獄をもらたすとは、その時には考えもしなかったのでした。

 価格の調整も重要でした。そもそも本自体が書店にとって利益の少ないものなので、製作費はできる限り抑えなければなりません。そして工業製品というのは、大企業レベルに大量の製品を発注しない限り、ほとんどが工賃と機械の使用料なのです。
 つまり『ぞうのえほんバッグ』発注に全体で50万円かかるとしたら、100コ作ると50万円÷100で1つ5000円(!)。1000コ作れば50万円÷1000で1つ500円、という計算になるのです。
 今振り返れば、ちょっと待ちなさいよと、わたし自身を止めてあげたい。しかし『ぞうのえほんバッグ』を盲信しているわたしは、大量に作ることに全く躊躇を感じなかったのでした。

 山のように届いた『ぞうのえほんバッグ』(2000コ)は段ボール箱10コ分になり、なかなかの迫力でした。しかし、わたしは臆することなく、むしろウキウキしていました。

 プレゼントとしてやってくる絵本、元々お家にあった絵本など、子どもと絵本との出合いは色々あります。が、これは書店やイベントでお気に入りに出合い、お家に持って帰るという、新しい絵本との出合いを演出するバッグなのです。
 そんなふうにして持って帰った絵本は、きっと一生の友達になるはず。こんなにも絵本のためになるバッグは、絵本界に革命を起こしてしまうのではないでしょうか? そんな予感に胸を膨らませてすらいたのです。

 わたしは早速、草加駅前のデパートに出店し、『ぞうのえほんバッグ』を売り場に置きました。勿論たちまち黒山の人だかり……とはなりませんでした。わたしには思いついたことを実行する(お金を投げ出して)度胸はあるのですが、宣伝が致命的に下手なのです(思いついたことが良いことかどうかは、また別の話です)。

 偶然通りかかった人たちも、そんなに興味なさそう。というか、絵本って通りがかりに買うものでもないんだな、などと、さみしい気分でいると、ありがたいことにカフェ・コンバーション店主(以下コンバーション)がわざわざやってきて、『ぞうのえほんバッグ』で絵本を購入してくれました。
 コンバーションの娘フミ子(当時3歳)はうれしそうに『ぞうのえほんバッグ』を手に持ち、バッグの耳を持ち上げて中の絵本を覗いたりしてニコニコしています。ですが、やがてバッグそのものを楽しみはじめました。子どもがバッグを楽しむということは、すなわちバッグを振り回すということです。

 ブンブンとブランコのように前後に振り回されるバッグ。地獄底に遠心力がかかり、構成する4枚の羽はあっけなく緩み、絵本はすっぽ抜けて飛んで行きます。そしてはるか彼方で着地後、デパートの床の上を無残に滑っていきました。
『ぞうのえほんバッグ』を作っていた時、もちろんサンプルをいくつも作り、検証を重ねていました。しかし、子どもがバッグを振り回す勢いは、わたしたちの想像を遥かに超えていたのです。

 そういえば地獄って階層的に重なっているものだと聞いたことがあります。地獄の釜の底が、緩んだ地獄底のように開き、更に恐ろしい地獄に罪人が落ちていくシーンを、その時わたしは想像し、もしかして地獄底の名前の由来ってこういうことかと思ったりしていたのでした(地獄の構造については、様々な“地獄”が隣り合っているとか、階層になっているとか、諸説あるようです)。

 その後の話ですが、『ぞうのえほんバッグ』を取り扱うと言ってくれた本屋さんが2件ありましたが、地獄底のままでは、とても取り引きする気にはなれませんでした。
 そこでわたしは最初に作ったものを在庫に持ったまま『ぞうのえほんバッグ2号』を開発製造しました。こんどは地獄底ではありませんし、全体の強度も上がりました。どんなに振り回したって絵本は飛び出しません。お家では絵本の居場所になるだけでなく、紙ものの整理にも良いでしょう。
 しかしコンセプト自体が伝わりにくいのでしょうか。今のところ90コくらいしか売れていません。2号も2000コ作りましたのに。

ぞうのえほんバッグ01

ぞうのえほんバッグ、右が1号,左が2号です。


ぞうのえほんバッグ02

耳を持ち上げたとき、絵本の表紙が見えます。

思いつき書店071文中

(了)

【思いつき書店】は、毎週木曜日に掲載します。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook



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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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