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ういろうの一本食い/新井由木子

『ういろう』を丸ごと一本食したことがあります。バナナを食べるがごとく、頭からモリモリと、休むことなく最後まで、一気食いです。
 その時わたしは真っ暗な高校時代、寮生活を送っておりました。

 そこはちょっと変わった学校で、料理(全校生徒の食事を生徒たちが自ら作ります)や、裁縫(卒業式のドレスを自分で作ります)、掃除(広い校内を生徒が掃除します)など、生活を整えること全般に力を入れていました。
 クラス内は強制的に5人組の班に分けられて、授業も食事も班行動。
 好きな友達と行動する自由も、独りぼっちになる自由もない学校生活
 しかも信じられないことに、学校の敷地内にある寮では、テレビを観ることも歌謡曲を聴くことも禁止でした。

 更に何よりも辛かったのが、寮ではなんと、お菓子を食べてはいけないという規則があることでした!(寮の詳細は『思いつき書店vol.003~004 くさやと女子高生の巻』参照)
 正確に言えば、お菓子を食べてはいけないのではありません。勝手に食べてはいけないのです。
 食事には巨大なお饅頭やケーキが頻繁についてきましたし、月に一度くらいは、お盆にのったお菓子が各部屋に配られ、それを皆で囲んで食すこともありました。

 しかし、わたしが求めているお菓子の食べ方は、違います。
 お菓子は、勝手に食べたいのです! 自分で選んだ好きなものを好きな時間に、好きなだけ食べたいのです! テレビを見ながら、あるいはマンガや雑誌を読みながら、腹這いに寝っ転がって食べたいのです!

 苦手なものの授業ばかりの学校と生(クソ)真面目な寮生活で、わたしは日々つまらなさを募らせて過ごしていました。

 さて、そんな学校生活の、ある日の掃除の時間のことでした。先にも説明したように丁寧な生活をすることに力を入れている学校では、掃除の時間も毎日みっちりと時間配分されており、広い校内のあちこちを生徒自身の手で清掃します。もちろん例の強制的に作られた班での、まとまった行動です。

 その時の班は、Oさんという後に女優となる大阪出身のカッコ良い女子と、同じく関西出身の明るいYさん。それと小学校からの一貫生の真面目な2人、そしてわたしというメンバーでした。
 関西出身の2人は気が合って、親友な感じです。一貫生の2人は真面目なだけあって、何かとわたしをかまってくれますが、わざわざ入れてくれる感じが逆に心地よくありませんでした。
 女子って2人で組みたがるものなのに、学校もなんで5とか割り切れない人数で班を作るのかなあ。以前の人気者選挙の件(思いつき書店vol.091)といい、徹頭徹尾、気の利かない学校です。
 こんな生活だったら独りでいたほうがよっぽど良いなあと、心から思っていました。

 その日も、敷地の中の道を竹箒で掃くというつまらない作業をしていると、ふいにOさんがススッと寄ってきて、わたしの耳元で
「新井、リヤカー置き場の裏に来て」
 と、囁きました。その向こうでYさんが、何か目配せしてうなずくと、2人の姿は見えなくなりました。

 何だろうと思いました。
 この2人がこっそりと敷地を抜け出して、町の喫茶店に行った噂は聞いています。おしゃれで明るくイケている2人が、服装もダサくて暗いわたしを呼び出す意味がわかりませんでした。
 ともあれ、怖い呼び出しではなさそうなので、一貫生の2人に何も言わないまま、わたしも別の道を通ってリヤカー置き場に向かいました。

 リヤカー置き場にある小屋の裏に回り込むと、小屋と木々の隙間の暗がりに、OさんとYさんがいました。招き寄せられるまま近づくと、Oさんがエプロンの下から大ぶりの箱を取り出しました。重たげなその箱には『ういろう』と筆文字で書かれています。開けると中には白、抹茶、桜の三本がドンと入っており、Oさんの手により、ひとりに一本ずつ配分されました。

 あの時食べた桜の『ういろう』の味をわたしは忘れられません。甘くもっちりとした生地が千切れた断面に、自分の歯型がついていました。そして丸々一本ずしんとお腹に溜まるところまでが美味しかった。
 なにより、決められていないものを食べる魅力は、計り知れないものがありました。わたしは今、内緒で食べている。他の人が食べていないものを、食べている!

 つまらない暗黒の高校生活だったからこそ、あのういろうの薄桃色の色彩が、特別な思い出として、わたしの心にぼんやりと灯ります。そう思うと暗い青春だったことも、悪いことばかりではなかったと思うのでした。

思いつき書店文中094

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook