note_第1回ペレカスブックの巻

新井由木子【思いつき書店】vol.001 ペレカスブックの巻

思いついたことはまずやってみる、と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、世界文化社公式noteでは、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。

 ここは本屋。ペレカスブックです。
 わたし絵描きの新井が挿絵や絵本など紙の仕事をしながら、大好きな「本の場所」を営んでおります。

 ペレカスというのは「尾ひれ」という意味で、本イコール物語とは、事実の尾ひれの部分にあると思い立ち、この名を店名に選びました。珍しい響きでしょう、リトアニア語なんです。
 人間って聞きなれないものは知っている言葉に変換する傾向があるようで、「タベカスさんここですか?」と探しにきた人もいましたが、それでも辿り着けたのは何故なのでしょう。

 ペレカスブックは草加という街の、昔大名行列が通ったという日光街道に面するカフェの中にあります。カフェの名前は「カフェ コンバーション」。こちらも前述と同じ仕組みで、三年くらい通っているお客のUさんが「カフェ カンバセーション」と人に説明しているのを聞いたことがあります。

 このように名前を間違えられるカフェに名前を間違えられる本屋が途中参入して、同じフロアに並んで商売をはじめました。

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 絵ばかりやってきたわたしには、飲食業は初めて目にすることばかり。そしてなかなか直接は聞きにくいけれど、やっぱりあっちのほうが気になります。カフェって儲かるのかしら……テレビにも出る人気店だし……さぞかし……と思っているところに、ふとカフェ コンバーション店主(以下「コンバーション」と略す)が言ったのです。
「まあ、この仕事してたら食うには困らないからね」
 すげーーっ! カフェ! お大臣だ! わたしもカフェがいい! と、その時は思いました。

 絵描きでも文章書きでも「作る人」というのは、その仕事で飯を食いたいと思うものです。わたしもずっとそう思ってやってきましたが、自由業はやはり良い時と悪い時があるもので、食えた瞬間もあれば、もう終わりかもと思う日々もあるわけです。個人店も同じようなものだよね、と思っていました。でもカフェは食えるんだって!

 しばらくすると近所のお友達らしき人がコンバーションの厨房に野菜を持ってきました。
「田舎から沢山届いたから食べてね」
 それからなぜかケーキやまんじゅうなんかも届けられます。コンバーションがそういうのを好きだと知っていて、みんなが次々と持ってくるらしいのです。
 そしてコンバーションはでっかい口で空気でも吸うように、ケーキをいっぺんに3コ食べます。
「ね、食うには困らないでしょ」
 食えるって……それ!? わたしは目まいがしました。

 あれから3年。カフェもお大臣ではないんじゃないかなーと、今は思っています。

(了)


文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook