note_第58回_恋の交差点

恋の交差点/新井由木子

 ある朝、ひとりsoso cafe(思いつき書店vol.010参照)でおむすびを作っていた時のこと。戸外で小さな声がしました。それは猫がすれ違いざまに噛み合うような、2つの声が混じり合った短い小さな叫び声のようなものでした。
 顔を上げるとsoso cafeの窓から見える朝まだき交差点に佇む、大学生らしい男の子と女の子、若いふたりの影がありました。信号が青に変わると、歩き始めたのは男の子だけで、その姿はsoso cafeの窓からフェードアウトしていきます。そして女の子は、横断歩道を渡りきる彼を、ただ見送っていました。
 出汁の火加減を見るために一瞬視線をそらすと、もう女の子の姿はそこにありませんでしたが、彼を追っては行かなかったような気配がありました。別れの風景。どこかの部屋で、ふたりは夜通し別れの準備をしていたのかもしれません。そして、この交差点で、ふたりは別々の道を歩み始めたのではないでしょうか。
 女の子が泣いたとしても、男の子が意地で振り返らなかったとしても、それは青春の1ページ。楽しい恋の始まりと違って、別れはつらいかもしれないけれど、それも人生の味わいなんだよ。酸いも甘いも噛み分けた51歳のわたしはひとり、炊き上がるご飯の蒸気に包まれながら、ふたりともがんばれよ、と微笑むのでした。

 また別の日のこと。
 わたしにとっては早朝でも、夜通し呑んでいた若者たちには夜の延長である朝5時。soso cafeに出勤してきたわたしの目の前には、酔っ払って歩道に引っくり返った女の子と、介抱している男の子の姿がありました。
 女の子は楽しげにはしゃいでいるけれど、足腰が全く立たない状態。男の子は女の子が早朝のまばらな歩行者の邪魔にならないよう、soso cafeのあるsoso park内のベンチに運ぼうとしていますが、その顔は『うんざり』していました。
 多分数時間前、夜中の2時とか3時には、ふたりの間に恋の始まりそうな、良い雰囲気があったのではないでしょうか。しかし女の子の酔いは、男の子の期待したしっとりとしたものにはならず、事態はロマンチックな方向には進まなかったのです。
 始まらなかった恋。まるで昔の自分を見ているようで、歩道にはいつくばって笑う女の子を非難する気にはならず、わたしはsoso cafeでひとり、おむすびを作りはじめるのでした。

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 甥っ子さんがsoso cafeおむすびを気に入ったと言って、しょっちゅう買いにきてくれたマダムもいました。マダムはご利益のあるという鎌倉大仏のボールペンを、わたしの分も買って、わざわざsoso cafeに届けてくれました。日中soso cafeに来てくれた町内会の人たちは、早朝担当のわたしがいないと、「行ったけどいなかったよ」って、後日よく声をかけてくれたっけ。

 恋と人情の交差点、soso cafeとsoso park。そんなsoso cafeのおむすびばあさんを、この度引退することとなりました。
 理由はsoso cafeの営業時間が10時オープンに変わり、早朝のお仕事がなくなってしまったからです。

 この1年間で学んだことは、季節によって変わる、お米のごきげんや野菜の調子。丁寧にむすべばいつまでも美味しいおむすびのこと。野菜の美味しさを引き出す魔法のような方法やタイミングのこと。本物の調味料が、いかに美味しいかということ。出来上がったお味噌汁を味見して「旨い!」と毎朝叫んだことは大切な思い出になることと思います。

 一緒にお米の炊き具合や、お味噌汁の味について悩んだパート仲間たち、元気で、引き続き美味しいおむすびを作ってね!
 さようならsoso cafe。これからも頑張ってね!

 と、思ったのですが、これからは、わたしの思いついた新しいプロジェクト『呑んだくれ祭』主催者として、またちょいちょいsoso parkに顔を出すこととなりました。
 これからもよろしくお願いいたします!

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この小さな小屋がsoso cafeです。

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その向こうにあるウッドデッキスペースがsoso parkです。

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soso parkにお店が出ることもあります。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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