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仕事場菜園/中澤日菜子

 何度かこのエッセイにも登場しているが、わたしは自宅から徒歩数分のところに仕事部屋を借りている。
 そう言うとたいていのかたが「すごーい!」と感心してくださるが、たぶん想像しているようなものとはだいぶ違うものであると思う。

 わたしの仕事部屋は築三十年は経とうかという、木造の安アパート。その一階一番はしっこ の六畳一間だ。木造で壁が薄いため、夏は茹だるがごとく暑く、冬は凍えるほど寒い。南西の角部屋で、それだけ聞くと日当たりも通風もよさそうであるが、掃き出し窓を開けると目の前には隣のマンションの壁が迫り、西側の窓からは、夏は容赦のない西日がぎらぎらと差し込んでくる。なので夏はクーラーをがんがんにつけ、冬は電気カーペットとエアコンを最強にして入れ、さらにポータブル電気ヒーターで底冷えする足もとを温 めている。それでも寒いときは「着る電気毛布」なるものに下半身を入れて温まっているくらいである。いわば、仕事部屋という名の監獄のようなものだ。

 そんなけっして居心地のよいとは言えない部屋だが、唯一利点があって、それは狭いながらも庭があるというところだ。庭と言ってももちろんじぶんのものではない。でも自宅がマンションの二階にあるわたしは、猫の額ほどのその庭が嬉しくて、借りた当初、執筆中のなぐさめに、とハイビスカスの木を植えてみた。

 だが植えたとたん、あっせんしてくれた不動産屋さんが飛んできた。
「木が植えてあると大家さんから苦情が来ました! 根付いちゃうと困るので抜いてください」
 そうなのだ。入居者が入れ替わる賃貸では、大きく育つ可能性のある樹木は植えてはならないのだった。

 しゅんとするわたしを見て哀れに思ったのか、不動産屋さんはこうつづけてくれた。
「でも一年草だったら枯れてしまうし、大きくもならないから植えてもかまいませんよ」
 ありがとう不動産屋さん! そして大家さん!

 そのことばにちからを得たわたしは、庭を菜園化することを決意。「あったら便利だろうな」と思われる野菜をちょこちょこ植えてみることにした。
 まずはダイレクトメールに同封されていたはつか大根の種。それから芽が出てしまった小粒なじゃがいも。さらに話を聞いた友だちが差し入れてくれたミニトマトとみょうがを庭に植えてみた。

「もう芽がで たかな」
「そろそろ摘んでもいいかしら」
 味気ない仕事場に唯一もたらされるヨロコビ。わたしの情愛が伝わったのかすくすく育つ――育つ――

 育たないのである、これが。特に耕しても土を入れたわけでもない荒れた庭では、はつか大根は萎び、じゃがいもはひょろりんとひ弱な葉を茂らせ、みょうがに至っては分けてくれた友人すらもが、
「なんて貧相な」と嘆くくらいの発育状況なのである。

 それでもこの夏、収穫しましたとも。アジの目ん玉くらいのはつか大根や、剥くのが面倒なくらいちっちゃなじゃがいもを。双方とも、小さくてもちゃんとはつか大根とじゃがいもの味がして、それはそれは嬉しかったものだ。

 さいわい苗で植えたミニトマトは順調に発育し、ほぼ毎日、店で売っているくらいの大きさの実が収穫できている。どうやら土がよくないので、根菜よりも果菜のほうが成りがいいようである。

 いまはみょうがの花がいつ咲くのか、じゃがいもを収穫した後に植えた水菜がどれくらい育つかを楽しみに仕事場へ通っている。みょうが、収穫できたら素麺に添えたいなあ。水菜はサラダにしようかな。期待はふくらむばかりである。

 ていうか、その前に原稿を育て、収穫しなくちゃなあ……
 菜園なのか仕事場なのか、だんだんわからなくなってきている今日この頃である。

【今日のんまんま】
久しぶりに食べた煮干しラーメン。煮干しのコクがスープにたっぷりしみ出していて、んまっ。

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たけちゃん煮干しらーめん

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、庭活の楽しさにはまっている中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。9月16日に新刊『働く女子に明日は来る!』(小学館)を刊行予定。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE


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