note_第34回_ひがむパワー

ひがむパワー/新井由木子

 わたしはよく「すごい形相をしている」と、人から指摘をされます。
 面と向かって「今、顔がすごく怖い」と言われる時もありますし、単に「顔!」と注意されることも。「怒った顔で自転車に乗っている新井さんを見た」と、わざわざ報告をいただくこともあります。
 どうも心の中が、そのまま顔に出ているようです。
「すごく楽しそうな新井さんを見た」と言われたことは一度もないので、心の中はいつも嫌なことだらけなのでしょう。それについては、だいぶ自覚があります。
 そして、多々あるわたしの機嫌の悪さの中で、ひがみの感情というものが、いつも少なくない比率を占めているのです。

 泉の水を飲みたいという老婆に、長女は知らん顔をし、次女は柄杓(ひしゃく)が無いから飲ませられないといい、末娘は両手ですくって飲ませてあげる。老婆は実は魔法使いで、優しい末娘には必ず良いことがあり、意地悪な姉娘たちはひどい目に遭うというのは、民間伝承物語の定番ですね。
 そこから得る教訓は多くの人にとって、『人に優しくしましょう』とか『人を見た目で判断しない』だと思われます。しかし、ひがみの心で見ると、また別の側面も見えてくるのです。それは『世の中には、醜いものに冷たい人と、誰にでも平等な人がいる』ということです。

 それは、とある児童文学関連の勉強会の、打ち上げの席でのことでした。
 わたしの隣には児童書の編集者さん(子どもが書いた詩の本などを作られているらしい)が着席されていました。編集者さんは手に取ったワイングラスを照明にかざし、ためつすがめつ見ていましたが、小さな傷が気になったようで店員さんを呼び、交換するよう言っておられました。そこは安価が売りの賑やかな店だったので、わたしはちょっと、お店が気の毒だなあと思いました。

 編集者さんの正面には、山に建てた家に住みながら作家を志しているという、ちょっと色っぽい女の人がおりました。編集者さんは彼女のために、次から次へと食べ物を注文してあげています。わたしの前に置かれたものも、すぐに彼女の前へ移動していく。彼女のグラスが空くとすかさず注文を取ってあげ、ご自分用にもデキャンタを取り寄せている……。
 出版の世界のことを知りたかったので、ちょっと話しかけてみたりしたのですが、聞こえないようです。
 乾杯でいただいた一杯と、自分で手を伸ばして獲得した汁の中に残っていた千切れたおでんの大根で、ひたすら時間を潰すわたし。他の席に移動しなかったのは、動いた先で同じことが起こったら辛いからです。そして納得できなかったのは、その飲み会が割り勘だったことです。

 帰りの電車の中、わたしの心は真っ黒に塗り潰されておりました。
「あんな、人をひいきするような人が、児童文学を扱うなんて!」
 腹の底から黒くて熱いマグマが、ゴウゴウと音を立てて湧き上がります。
「見た目も綺麗で、生活の余裕もある女の人。余暇で作品を作る人。余暇はあるのに合評会では作品を出さなかった。そんな人を可愛がりやがって。つたなくとも合評会に向けて必死に書いた、わたしのほうを可愛がってくれても良いはずだ」
 こうして文字にすると自分でもあきれる程のひがみ。女の人だって、その環境を作るためには努力があっただろうと良心が囁きますが、聞こえないふりです。わたしの脳内で編集者さんは膾(なます)に刻まれ、串刺しにされ、釜茹でにされていきました。

 児童文学の勉強会だったからでしょうか、その時、泉に立つ老婆のことが頭をよぎりました。そして初めて、ひがみの視点からの解釈に気づいたのでした。児童文学の勉強会で民話の別の面の教示に気がつけたのは、それはそれで天啓のようなものだったかもしれません。
 更に考えてみると、老婆は元々魔法使いなどではなく、そのひがみと呪いのパワーが超能力をもたらしたのかもしれない。わたしもそろそろ、念じただけで人間を自然発火させるくらいの能力は使えるようになるかもしれない。

 そんな事を思いながらふと目を上げると、夜の電車の窓に自分の顔が映っています。そこにいたのは猫背に丸まり眉間に皺を寄せて目が据(す)わった、恐ろしい顔の女でした。
 その顔はほんとうに仁王様のようで、背中に炎を背負っている様子まで、ありありと見えるような気がします。これがしばしば世の人が忠告してくださる、わたしの怖い顔なのか。
 ものすごく、怖い!

 ていうか、こんなにも思っていることが顔に出るんだったら、編集者さんがグラスを換えた時点で、細かい人だなあと思ったのも顔に出ていたはずです。多分すごく嫌な顔だったと思う。
 それでは、無視されても仕方なかったなと反省し、以来道を歩くときもなるべくニコニコするようにしています。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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