note_第25回_嘘の家系

嘘の家系/新井由木子

 わたしの父は嘘の名人でした。特にわたしが幼い頃には、わたしたちを面白がらせるためか、しょっちゅう嘘をついていました。

 あまりに硬いう○こをしたら自分のほうが持ち上がったとか、がんばれば耳からも息はできるとか。聞いた時は瞬間的に「嘘だ!」と思うのですが、大人の言うことだし、真面目な顔をして言っているし、もしかしたら本当かもしれないという疑いが、子どもにはぬぐいきれないものなのです。
 自分が持ち上がった話などは試しようがないですし、試してみたいとも思わないのですが、耳から息ができるというのは気になりました。当時小学生だったわたしですが、検証しようと随分がんばった覚えがあります。実は今でも少し、もしかしたらできるかもしれないなどと思っています。耳抜きの要領で鼻をつまんで顔に圧力をかけると、耳がプンと膨らみますものね。耳まで空気が通っているのは確実です。くしゃみをしたら耳から空気が出たとか、溺れたけど耳が出ていたので助かった、などの経験がある方がいらっしゃったら、ご一報ください。

 そんな父は小学校の教師、しかも理科の先生でした。「糸を水に浸けておくとミミズになる」と言う父の言葉を信じた生徒のお母さんから「ウチの子が洗面器に浸けた糸を毎日毎日見ていて可哀想だ」と、言われたこともありました。
 しかしそんな父の嘘が、わたしは好きでした。嘘は奇想天外だったりスリルがあったりして、物語の中に入ってしまったような楽しさがありました。

 そしてわたしも、幼い娘を楽しませるべく、けっこう嘘をついたものです。

 まず、母であるわたしは念力が使えるという嘘。散歩の途中で信号がある度にやってみせるその技は、信号を青に変える念力です。横目で別方向の信号の点滅を確認しながら声を出すので、いつでも信号はわたしの掛け声ぴったりに青に変わります。まだ3歳にならない小さな娘は尊敬と憧れのまなざしで、わたしを見上げていました。

 けれどこのように素直に信じるときもあれば、一工夫が必要な時もあります。
 わたしが昔、一国の姫であったという嘘は、最初は信じてもらえませんでした。高貴さが足りなかったのでしょうか。訝(いぶか)しげに顔を曇らせる娘に、
「だって白雪姫ってあるでしょ。あれ、ママの昔の話だよ。ママの名前はユキコでしょ」
 畳み掛けるように言うと、娘の表情は驚愕に変わりました。

 ゴルフの打ちっ放しで使っているのは鳩の卵であると教えた時にも、娘の顔には驚きのなかに訝しみがまだ交じっていました。わたしは遠目に見える人工芝の上に、無数に転がるボールを指さして
「だいたいあんな大量のボールを作れるわけないじゃん。町中にすごい数の鳩がいるでしょ。鳩の卵はすごくたくさんあるんだから、それを使ったほうが良いでしょ」
 と説得すると、娘の顔いっぱいに理解した驚きと、なんだか気味が悪いと思っている表情が広がりました。

 そんな娘も大学生になりました。今でもつい、母の嘘を信じてしまう22歳。
 先日は『シャーロック・ホームズ』とは、シャーロックとホームズという二つの人格が一つの体にある話だと教えると、非常に驚いていました。いやいやそれは『ジキル博士とハイド氏』なんだよ。
 スピードスケートの選手は風の抵抗をなくすために鼻を削るというのも信じています。
 カレンダー業界だけは新元号を知っているっていうのも、実は嘘なんだ、ごめんね、娘よ(思いつき書店vol.019参照)。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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