note_第6回ぺこぺこ本

中澤日菜子【んまんま日記】#6 ぺこぺこ本

 読むとかならずおなかのすく「ぺこぺこ本」というものが世のなかにはあまた存在する。
『赤毛のアン』しかり、『ぐりとぐら』しかり。
 沢木耕太郎の名作『深夜特急』も、ユーラシア大陸を横断する旅のなかで、さまざまな現地の料理が登場し、自然と生唾がわき出てくる本だ。

 そんな数ある「ぺこぺこ本」のなかでも、わたしにとっていっとう美味しそうな本は『大きな森の小さな家』である。
 みなさんよくご存じと思うが、このシリーズは北アメリカの開拓民一家の娘であるローラの、幼児期から結婚するまでの成長物語である。どの一冊をとってもとにかく美味しそうなのだが、第一巻である「大きな森」はまだ幼いローラの生活を中心に描かれているため、家族の過ごす時間や風景がほかの巻よりもいっそう色濃く映し出されていると思う。

 たとえば冬にそなえて豚をつぶすシーン。
 大切に飼ってきた豚である。どんな部位もあまさず食料にかえる。ハムにするもも肉や肩肉、ソーセージにする小さい肉、頭だって「頭肉チーズ」になるのである(幼いころ読んだときは「なぜ肉がチーズに?」と不思議に思ったものだが、いま再読するとチーズという書きかたは当時の日本人にわかりやすいよう翻案されたもので、ようするにスパイスで味付けをしたゼラチンのかたまりを指すようである)。

 とくにローラとメアリイが楽しみにしているのは、豚のしっぽ。
 棒に突き刺した豚のしっぽを、料理用ストーブでこんがり焼きあがるまでかわりばんこに炙(あぶ)る。塩をかけて焼きあがったら、そのまま骨までしゃぶって食べる。
 幼かったわたしは(いや、いまでもだけど)「一度でいい。石炭ストーブで焼いた豚のしっぽをしゃぶってみたい」と身をよじって羨ましがったものである。

 もうひとつ忘れられない食べものは、ローラのじいちゃんが作る「かえで糖」=メイプルシュガーのくだりである。
 かえでの幹に樋を差し込み、根から上がってくる樹液を下に置いたバケツにためる。それを鉄の大鍋にあけ、ぐつぐつと煮る。煮詰まった樹液を別の鍋に移し替えて冷やせば「かえで糖」のできあがり。おすそ分けをもらったローラは「クリスマスキャンディーよりずっとおいしい」と感動する。

 シュガーになる前の液体=シロップの食べかたはさらに美味しそうだ。
 砂糖作りの夜のパーティー。大人たちは着飾ってダンスを楽しみ、台所ではばあちゃんが真鍮の大鍋にはいった樹液を煮ている。シロップが固まりかけるとばあちゃんが叫ぶのだ。
「シロップが固まりかけてきましたよ」
 するとみな平皿を持って外に飛び出し、きれいな雪をすくってくる。その上にばあちゃんが熱いシロップをかけると、やがてシロップは冷えて柔らかいあめのようになり、それをみんな好きなだけ食べることができるのだ。

 柔らかくて甘いシロップ。きっと水あめのようなものなのだろう。あるいは固まるまえのべっこう飴のような。
 白い砂糖などめったに食べられなかった開拓民にとって、このメイプルシロップはさぞかし甘く、素晴らしいごちそうだったに違いない。
 白い雪の上の茶色くて柔らかいメイプルシロップ――甘いものに溢れている現在でも、いつの日か食べてみたい、あこがれてやまないひと品である。


【今日のんまんま】
あっさり味の柚子柳麺。噛みごたえのある太いメンマと味のしみたチャーシュウがよいアクセントに。んまっ。

ラーメン

麺屋ひょっとこ(交通会館店)


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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