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「もう一度行きたい町」に早く出かけたい/沢野ひとし

 2019年の十二月に中国湖北省武漢市で集団発生し、世界中を恐怖に陥れた新型コロナウイルスは、一向に終息の兆しを見せていない。
 当初、一部では、梅雨が終わり、本格的な夏が来れば自然に消えて収まるなどともいわれていたが、九カ月が過ぎても、人前に出る時はマスク着用が必須である。
 これまで私は世の中のしきたりに、簡単には従わない生き方をしてきた。だがコロナ出没により行動は幾分自粛された。

みんなマスク

 一月。新しいiPhoneに買い換えるために市内に一度出るのみで、後は家の近くの緑地帯を、妻と無言の散歩。

 二月。西伊豆・松崎町のホテルに妻と口喧嘩の応酬をしながら、ドライブする。せっかく新車を妻に贈ったのに、これは寂しいことだ。妻は地図を見ず、車のナビゲートを頼りに運転するので、旦那は横から口煩(うるさ)い。今日も妻に嫌われ続ける。

 三月。保育園や、学校が臨時休校になり、息子の子どもたち、山猿二匹を連れて、いつもお世話になっている長野県川上村の、公共の休暇保養所に行く。夏は常に満室状態だが、まだ辺りに雪が残っている季節は、館内も人影がない。月末にもう一度、妻と二人で宿泊し、小川山の周辺を散策。

 四月。緊急事態宣言が発令され、さすがに静かに自宅待機となる。ひっそりと薩摩の焼酎をお湯割りで飲む。昨年までの、都内で遅くまで飲んだくれていた日々を回想する。

 五月。標高1400mの八ヶ岳・清里の清泉寮に泊まる。コロナの影響で宿泊代が安く、一番広い部屋にする。若い頃にここでバンドの合宿をした事をふいに思い出す。雪を頂く南アルプスをじっと見つめる。

絵描きを見守る人びと記事じゃないほう

 六月。軽井沢のホテルから「宿泊代を半額にするから来て」と知人のオーナーに言われ、妻とまた喧嘩しながらも、いそいそ車で出かける。コロナの影響で、町はひっそりと静まり返っている。そばのおいしい川上庵にて日本酒で痛飲。
 帰りに佐野洋子さんの息子、絵本画家の広瀬弦さんの北軽井沢の別荘に立ち寄る。「生きる切なさ」について一時間ほど語り合う。下旬に八ヶ岳連峰の山が見たくなり、またしても川上村の、いつもの宿に泊まる。

 七月。長梅雨の寒い日が続き、ストーブがまだまだ活躍する。ようやく下旬にストーブを片付け、扇風機を屋根裏から取り出す。狭い家なのに、扇風機を処分できないのか6台もある。さらに最新式の羽のない扇風機を、妻は自分勝手に、何の相談もなく購入する。見栄えだけの扇風機に、旦那は冷たい視線を送る。「そいつは役に立たないよ」と言うと「あんたみたいね」。

 八月。川上村へ。小川山の廻り目平キャンプ場に息子家族と娘の双子、そして我が家の合計8名が、二つのテントの中にひしめく。広いキャンプ場にカラフルなテントが密集している。

テント

 日常的にマスク、手洗い、うがい、換気は徹底しているが、2020年、これからの四カ月をどう過ごしていいのやら不安がつきまとう。とにかく暑い間は扇風機を総動員させて、なんとか乗り切りたい。

「もう一度行きたい町」に早く旅に出たい。少し気が早いが、2021年はまた海外に旅立てる明るい年になるように、願うばかりである。

北京もマスク

イラストレーター・沢野ひとしさんが、これまでの人生を振り返り、今、もう一度訪れたい町に思いを馳せるイラスト&エッセイです。再訪したり、妄想したり、食べたり、書いたり、恋したりしながら、ほぼ隔週水曜日に更新していきます。

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)、絵本「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。今秋、『ジジイの片づけ』(集英社)を刊行予定。電子書籍『食べたり、書いたり、恋したり。』(世界文化社)も絶賛発売中。
Twitter:@sawanohitoshi