黒いマントの男

焼きうどんの衝撃/沢野ひとし

 うどんは熱い汁の中で一生うたた寝をしている食べ物である。キツネうどん、タヌキうどん、月見うどん、テンプラうどんと、だし汁の中で至福の人生を過ごしている。
 しかし油断をしていたのか悠然と構えているうちに、気が付くといつの間にか、うどんは焼かれていた。

 私の焼きうどんとの衝撃的な出合いは十九歳の秋であった。中野のブロードウェイの近くに、昭和の匂いの食堂があった。カレーライスからカツ丼、焼きソバまでと、なんでも早く安い。
 私はその店で、「焼きうどん」なるメニューにはじめて出合った。主人に
「焼きソバは分かりますが、焼きうどんとは?」
 と質問すると、
「旨いよ」
 と一言だけ返ってきた。店主の娘のような店員もうなずいていた。キャッチボールのようなやり取りを期待していたが、おそらく相手は、料理のことなどよく分かりもしない若造と話したくはなかったのだろう。

秋は焼きうどん

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