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絵を仕事にする/新井由木子

 絵で身を立てたいと思っていた20代の頃、様々なコンペティションに挑戦していました。
 コンペティションで高い評価を得ることこそ良い絵の証、プロフェッショナルへの道。クリエイターとしてデビューしたいならば、受賞こそが登竜門だった時代でした。
 鳴かず飛ばずの数年を経て1999年、ようやくHBギャラリーファイルコンペで大賞をいただいた時は、これでわたしの絵描き人生は安泰だと思ったものでした。
 しかしそれはあまりに浅はかな見通し。そこからが試練の始まりなのでした。

 コンペで大賞を取ったことを通行手形のようにして数々のデザイン事務所を巡ったのですが、そこでの評価は、自分の想像とは全く違うものだったのです。
 その時々の気分で様々な画材を混ぜて使っていたためか、
「仕事を依頼しても、タッチが個性的すぎて、どんな絵が上がってくるのかわからない」
 と言われたり。
 暗い絵が多かったためか、
「ポップさが足りない」
 と言われたり。
 一番ショックだったのが、この言葉
いい絵だけれど仕事にしないほうがいい
 でした。
 わたしは混乱しました。そもそも仕事にしたくて頑張っていたのに。いい絵だね、と言われることと、仕事になることとは、別なのだろうか。そもそも仕事にならない絵って、どういうことだろう?

 イラストレーターになることが目標のわたしに、仕事にしないという選択肢はありませんでした。
 受賞したままの絵柄では受け入れてもらえないのならば……。
 わたしは営業方針を変えることにしました。読書が大好きなことから小説につける挿絵に絞って、文芸誌に営業に行くことにしたのです。

 その文芸誌でどんな仕事をしたいか、企画にして持って行ったり。時には、大好きな小説家にあてて、こんな挿絵を描きたいと、絵を持って行ったり。
 当時は、絵描きが直接編集部の扉を叩ける時代だったので、こんな無謀なことも受け入れてもらえたのかもしれません。本と小説が大好きだという熱意が通じたのか、それからいくつもの文芸誌で挿絵を描かせてもらうことができました。

 生まれたての小説が見せてくれる異世界への扉を描く。読者が分厚い文芸誌をパラパラとめくった時に、目に留まるように心がけて描く。仕事として絵を描くのは、テーマを与えられるからこそ刺激的で、いくつもの思いがけない作品を生み出すことができたと自負しています。

 それから離婚を経験し、子どもを女手ひとつで育てる間も、仕事として絵を描くことはいつも側にありました。
 悔しいことがあっても、わたしには絵があるさ、と思えたり。貧しくとも仕事で絵を描いていることに誇りが持てたり。
 逆に、もっと仕事を広げたいと思っても、うまくいかなかったりと苦しみもありましたが、それでも心の半分では、いつも絵のことを考えていられたのは幸福でした

 それから20年余りの年月が過ぎました。娘が社会人となり家を出て行き、子育てがひと段落したと思える今、わたしの中で絵を描くことへの感覚に変化があります。
 がむしゃらな時代が終わり、素の自分に帰ったようで、ようやく仕事にならないと言われた受賞時代のような絵を、素直に描ける気持ち。と同時に「仕事にしないほうがいい」という言葉の意味が、ようやくわかったような気がしています。
 商品化されなくても『好き』のエネルギーだけで絵を描く。企業の商品にならなくても、人の心を打つ作品作りをしたらどうか。あのアートディレクターは、そう言いたかったのかもしれないと。

 そんなことに思い至れないほど、わたしは若かったのです。

 今は絵の仕事をしながら書店を営んでいますが、『好き』だけで描いた絵を店頭に並べています。キャンバスはコットン製の手提げバッグ。どれもが世界にひとつだけの、手描きのイラストバッグです。
 描いていて本当に楽しい。するとたまに天才的な絵も描けたりします。

(追記)
 しかし、こうしてふりかえってみると、あまりにも不器用な自分に驚きます。そういえばですが、HBギャラリー大賞をくださったグラフィックデザイナーの廣村正彰氏の言葉が
「“ビリを走っていたら周回遅れでトップを走る人”になって欲しい
 でした。
 トップにならないどころか、なんだかビリを走っていたらコースから外れて市街地を走っているような気がします。

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受賞時代に描いていた絵です。


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文芸誌の仕事の絵。


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手描きのショップバッグです。


思いつき書店文中095

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook