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闇鍋/中澤日菜子

「闇鍋」ということばを耳にしたことのあるかたは大勢いらっしゃると思うが、じっさいやったことがあるかたはどれくらいいるのだろう。
 かくいうわたしも四十数年間、一度やってみたいと思いつつ果たせないでいた。そんな話を悪友どもにしたところ「じゃあいっちょやってみるか」ということになった。数年前の話である。

 まずは打ち合わせも兼ねて飲み会を催した。
 みな「虫、入れちゃおうかな」だの「靴とかガムテープとか食べられないものでもいいんだよね」だのと意気軒昂(?)であったが、なかの一人、Sくんだけは真剣な顔で「ぼくエビやカニはダメなので入れないでくださいね」と涙目で訴えた。
「またまたぁ。それって『まんじゅうこわい』じゃないの」
「ほんとは大好きなんでしょ」
 からかうみなさん。だがSくんは激しく首を振り「いやほんとうにぼくダメなんです。甲殻類アレルギーで」と言った。アレルギー。それは確かにまずい。かくして「甲殻類は禁止」という条件下での闇鍋大会が開催された。

 集まったのは男女七人。ルールは以下の三つ。
・各自三品×三つずつ持ち寄る
・いちど箸をつけたものは絶対に戻さない
・食べた感想をその場で語る
 で、あった。

 鍋に出汁を張り、部屋の電気を消していざ開始。各自手探りで、持ち寄ったものを鍋に投入していく。沸騰したところで実食開始。コンロの火はあるものの、思ったより暗くてなにを摘んだのかよくわからない。一抹の不安を感じつつ、わたしも鍋に箸を入れる。
 ん? なんだか意外に重たい。そして棒状だ。勇気を出して齧(かじ)ってみる。これは――きりたんぽだ。
「わかった、きりたんぽだ、これ」
「なーんだまともじゃん」
「つまんないの」

 次に隣の友人が箸を伸ばす。なにか取った気配。咀嚼(そしゃく)する音がする。そして低い唸り声。
「……固い……生臭い」
「なんだかわかる?」
「わかんない。食べてもたべても小さくならない」
 友人は涙声である。種明かしはぜんぶ食べきってからの約束。友人はひたすら咀嚼をつづけている。

 さらに次の友人が「うあっ」と悲鳴を上げた。
「どうした!?」
「なんかざらついてる! 野球のボールくらいあって、まずい! ゴジラのたまご!?」
「そんなもんあるかー!」
 内心にやつくわたし。ゴジラのたまご状のものを入れたのは、ほかならぬわたしだからである。

 さて、そんなこんなで全二十一品×三つを食べ終えて、明かりをつける。いよいよ種明かしの時間である。
 隣の友人が「固くて生臭い」と評したものは、なんと立派な蹄(ひづめ)つきの豚足であった。そりゃ固いわなー。
 そして「ゴジラのたまご」と言われていたのは、丸ごとのアボカド。皮を食い破り、中まで到達すればアボカドとわかったろうに、ごわごわの皮に恐れをなして、みなひと口齧っただけで諦めてしまっている。勝った……

 ほかにも「丸ごとトマト」やら「えびせんを餃子の皮に包んだもの」など、創意工夫を凝らした逸品が鍋に投入されていた。飲み会では、虫やら靴やら、穏便でないことばが飛び交っていたが、みな思いのほか常識人で、食物でないものは今回入ってはいなかった。ちょっと物足りない。

 かくしていまわたしは「第二回闇鍋の会」を模索している。「今度は毒以外はなんでもありね」とみなと言い合いながら。

【今日のんまんま】
絶品のレバニラ。柔らかい白レバーに臭みはまったくなく、あっさりした味付けで素材の味が際立つ。んまっ。

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カフェ&レストラン アバン/東京都立川市曙町2丁目17-15 サンライズビル2F

この連載では、母、妻、元編集者、劇作の顔を持つ小説家であり、2回目の闇鍋が開催できるようになることを願う中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。小学館P+D MAGAZINEにてお仕事小説『ブラックどんまい! わたし仕事に本気です』連載中。
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