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初めての蜂蜜しぼりで、悪魔を感じた/新井由木子

 チャヴィペルトの畑は、すっかり夏色です。
 ホウレンソウが爆発したようなビエトラは、大人でも抱えきれない程大きく育ちました。
 花も葉も茎も食べられるというロングズッキーニは、オレンジ色の星形の花もテネルーミと呼ばれる葉も巨大で、仕立てられた網に這わせた蔓はビニールハウスの天井に届きそうな程に伸び、まるで深緑色の森のようです。
 濃い緑に覆われた畑。そのあちこちに、蜜蜂が飛び回っています。

 この春から、チャヴィペルトの畑で養蜂の勉強をしています。
 気温の上昇と共に蜂たちは数を増やし、巣箱は二人掛かりで持ち上げなければならない程、蜜でずっしりと重たくなりました。
 このスピードで蜜が増えると、蜂の子用の部屋がなくなってしまいます。更に蜜が溢れ出すと、蜂が溺れてしまうこともあるとのこと(黄金色の財産が貯蔵庫から溢れ出して溺れてしまうなんて、一度そんな目にあってみたいですね)。

 そう。ついに、採蜜の時が来たのです。

 蜜でいっぱいになった部屋は、蜜蝋で蓋がされています。陽に透かすと、中の蜜が金色に輝いて見え、そのままで高級なお菓子のようです。蜂の巣が大好物の熊の気持ちが、とてもよくわかります。
 蜂の子がいないことを確認し、採蜜に回す巣枠を選びます。
 作業中、養蜂家のコウセイさんはとても嬉しそうでした。
「これが、養蜂家が一番嬉しい瞬間なんですよ」
 と言いながら終始笑顔。作業効率重視で、少しくらい蜂を踏んでしまっても
「ある程度は仕方がないっす」
 と、割り切ったところが、蜜を搾取する悪魔のように見えました。
 反対に、
「ごめんね、ごめんね」
 と言いながら蜂を殺さぬよう、刷毛で丁寧にはらっている拓郎さん。不思議なことに、そんな拓郎さんだけを刺す蜂たち。
 ちなみにわたしも蜂に感情移入して可愛がるタイプですが、やはり蜂から敵対視され攻撃されます。何故なのかしら? 冷徹な養蜂家よりも、謝りながらも結局蜜を持っていくほうが、蜂の気に障るのでしょうか?

 これだけの蜜が採れるのは、拓郎さんが蜜源となる花を絶やさないように畑の作物を工夫していることにあります。今はパクチーが花盛り。飛び交う蜜蜂たちが、白く可憐な花を揺らしています。

 巣箱から取り出した蜜でいっぱいの巣枠をドラム缶型の遠心分離機に入れて回すと、濃い蜂蜜の匂いが立ちのぼります。分離機の下についた栓を開くと、透明な蜜がさらさらと流れ出しました。
「舐(な)めてごらん」
「いいのおー!」
 指先につけて口に含むと、鮮烈な花の香りに脳が覚醒する感じ。そしてサラサラとした舌触りの次にくるのはフルーティで爽やかな甘さです。

 チャヴィペルトでは蜂蜜の栄養成分を壊さぬよう、加熱せずにそのまま生の蜂蜜を提供しています。瓶のラベルは、拓郎さんの奥さんのかんなさんの要望を聞きながら、ペレカスブックがデザインさせていただきました。
 その話は、また別の機会に。

思いつき書店085文中新

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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