note_第56回ボロ儲け

ボロ儲け/新井由木子

 草加のバル・スバルの女性店主(以下スバル)と、ある打ち合わせをしていた時のこと。スバルがポツリと呟いたのです。
「わたし、ボロ儲けがしたいんですよ」
 人からそんな欲望丸出しの本音を聞くのは稀なことで、わたしはびっくりしてしまいました。なおもスバルが言うには
「ウチの庭に夏みかんとシークヮーサーがなっていて、それでシロップをつくってお店で出せば、原価がかからずボロ儲けなんです」
 わたしは更にびっくりしました。あまりにも小さなボロ儲けです! 
 炭酸代やアルコール代、仕込みの労力や提供する人件費はがっちりかかっているはずです。
 しかし塵も積もれば山となると言いますから、いずれスバルは自宅の夏みかんで豪邸を建てるつもりなのかもしれません。

 そんな話をカフェコンバーション店主(以下コンバーション)に報告すると
「わたしだってボロ儲けしたいわ!」
 と叫びました。ここにも本心を隠さない人がいるな、と思ったのですが、そもそもコンバーションに大金が転げ込む『ボロ儲け』は似合わないような気がします。
 というのは以前、男の人に尽くすのと、かしずかれるのと、どっちがいいか、という議論をしようとしたことがあるのですが、本題に入る前に
「そんなにお菓子いらないわ!」
 とコンバーションに言われ、そこから先に話が進まなくなってしまったことがあったからです。

 どうやら「かしずかれる」を「お菓子漬けにされる」ことだと勘違いしているらしい。かしずかれるといえば宝石や靴をひざまずきながら捧げてくれるような、お姫様扱いのイメージが一般的かと思いますが、お菓子までしか発想が届かないなんて、根っからの庶民です。そんな人に大金持ちに繋がる『ボロ儲け』というワードは、縁が無いように感じるのです。
 また、コンバーションがポテチを食べる時に、大きく開けた口の上で袋を傾け、小さなカケラをも残さず飲み込む様も、この世で一番好きな食べ物が『玉こんにゃく』だという点も、やはり庶民が似合っているように思うのです。

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 ところで、以前お話したペレカスブックのZine(ジン)『記憶の本』(思いつき書店vol.050参照)ですが、実はこれ、わたしが手作業で一冊ずつ製本しています。それを一冊150円で販売しているのですが、かかる費用は取材費を除けば印刷代のみ。原価に対して大変に黒字が大きいように見えて、実は手作業に異常に時間がかかるという代物です。
 手作業にかかった時間を時給計算してはいけない、わたしの発明したプロジェクトによくある、儲からないけれど大事というお仕事シリーズのひとつです。

 さて先日のこと。『記憶の本』のセカンドシーズンがめでたく完成し、わたしは表紙とページを合体させる作業をしておりました。作業台の上には一枚ずつ手作業で断裁し折り目をつけた表紙と、カッターの背で一本ずつ折り線を引いた、中に挟むページが並べられています。一枚一枚のページには、わたしが苦労して集めた珠玉の物語たちが綴られています。
 そこへフラリとコンバーションがやってきました。そして椅子に腰掛けると、あろうことかページを手にとって内容を読もうとしたのです。
 そこでわたしは語気も強く、はっきりと言いました。
「読むなら150円払え!」
 するとコンバーションは一瞬驚いた顔をしましたが、ページを作業台に戻しプイッと席を立ちました。そして、去り際に振り返ると、こんな言葉をわたしに投げかけてきたのです。
「この、150円ババア!」
 150円ババア!
 コンバーションにババアと言われることには、まったく腹が立たないのですが、150円がつくと一気に人格が安くなるように感じられます。

 こんなあだ名を付けられるわたしも、きっと『ボロ儲け』には縁がないだろうな。
 草加にいるのは、ボロ儲けしたいと思っているけれど、そうならない人ばかりかもしれません。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook