note_第13回無駄な小努力

中澤日菜子【んまんま日記】#13 無駄な小努力

 やってもやらなくても大した変わりはない努力、それをわたしは「無駄な小努力」と呼んでいる。
 例えば白髪抜き。
 四十代前半まで、わたしは殆どといっていいほど白髪がなかった。
「苦労してないからな」とよく周りに言われた。確かにその通りである。のほほんと生きてきた。
 だが小説家になってからのこの五年、めっきり増えてしまった。大して苦労はしていないはずなのに、だ。
 白髪の憎いところは、表面にはあまり出てこないのに、掻き分けると「あらまっ」と言うほど生えているところであろう。
 見つけたら抜きたくなるのが女ごころ。鏡に向かい四苦八苦。数本抜いて少し安心しても、数日経つとその倍、見つけてしまうことがままある。一本見つけたらその十倍は生えているのだ。まさにいたちごっこ、抜いても抜いてもキリがないとわかっていても、無駄な小努力をつづけてしまう。

 例えば昼食選び。
「今日は弁当でも食べよう」と思い、コンビニに行く。
「ハンバーグの気分だな」とハンバーグ弁当を手に取り、何げなくカロリー表示を見る。八五〇キロカロリー。これは高すぎる! あわててもっとカロリーの低い食べものを探す。
 幕の内なら七五〇だぞ。いやこっちのアサリのパスタなら四七〇だ。待てまて、ならばきつねうどんのほうがもう少し低いぞ。
 手に取っては棚に戻し、手に取っては戻し……
 そして気づくといつの間にか、野菜サンドウィッチを買ってコンビニを出るじぶんがいる。
 ハンバーグ弁当はどうした。初志はどこへ行った。
 よくよく考えてみればほんの少しの違いなのだ。ここで長いこと迷うくらいなら、晩酌のビールを減らしたほうがよほどからだに良い。だがコンビニに行くたびに、わたしは無駄な小努力を重ねてしまう。

 だが究極の小努力といえば「ラーメンの脂除け」に匹敵するものはないだろう。
 この齢になっても、たまに背脂ぎとぎとラーメンが無性に食べたくなる時がある。究極の高カロリー、中高年の仇敵だ。だが欲望には勝てず、若者であふれる店内に足を踏み入れてしまうお昼時。なんと意志の弱い人間であろうか。
 待つこと数分、白い背脂のびっしり浮いたラーメンが到着する。箸を取り、スープをたっぷり絡め、麺を啜(すす)る。濃くてしょっぱいスープに、太麺がじつによく合う。これぞ背徳の味! 夢中になって啜り込む。
 すべて食べ終わり、満足のため息をつく。
 テーブルに残るは、一面に背脂を湛えたスープのみ。
 隣の席では若者が、ごっごっごっ、丼を両手に抱え、スープをさも美味しそうに飲み干している。
 の、飲みたい。背脂ばっつりだけど。そしてマイ背脂もたっぷりたくわえているけれど。

 そこでレンゲを使い、背脂を除けにかかる。少しでも脂を減らすために、浮いた背脂を、あっちにちょい、こっちにちょい。出来たわずかなすき間にレンゲを突っ込み、背脂をなるたけ入れないように、スープを掬(すく)う。だが悲しいかな、レンゲを持ち上げる瞬間に、スープは零れ、するりと背脂が侵入してくるのだ。

 これ、なんかに似てると考えて、あるとき気づいた。
 夏祭りの金魚掬い、「ここぞ」とばかりにポイを突っ込むが、かんじんの金魚は逃げ、大量の水ばかり掬ってしまうあの虚しさ。背脂除けはあの虚しさによく似ている。
 レンゲひと口、ふた口ぶんの背脂のカロリーなぞ、たかが知れたものだと理性ではわかっている。だが「やらないよりはましだぞ」と、こころのなかで囁く声がする。
 こうして日々、囁き声に導かれ、無駄な小努力に心血を注ぐ小人物のわたしがいるのであった。


【今日のんまんま】
 生まれて初めてマクロビを食す。食べきれるかなと不安だったものの、肉をいっさい使っていないランチプレートは、気持ちよくお腹におさまった。んまっ!

マクロビランチ

チャヤマクロビ 伊勢丹新宿店/新宿伊勢丹本館7階レストラン街「イートパラダイス」


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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