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京都・奈良編 その2/中澤日菜子

 京都・奈良編、第二回にして最終回。
 二日めは京都のお寺や神社をめぐる。

 まず向かったのはずっと行ってみたかった伏見稲荷大社。濃い緑の樹々に囲まれた赤い鳥居がなんとも美しい。そしてここにもひとがいない……。他県への移動自粛が解除されたとはいえ、コロナ禍にあってなかなか観光地を訪ねるひとはいないようだ。
 静かな境内をひとり占め。前後左右にひとのいない鳥居をゆっくりとくぐる。なんて贅沢なひとときだろうか。

 東寺を詣で、祇園の小路を散策してからお昼。友人お薦めのうどん屋さん「おめん」へ。こちらの名物うどん「おめん」は、こしのあるうどんに、薬味がこれでもかとたっぷりついてくる。薬味は、ごまにきんぴらごぼう、みょうがやオクラ、茄子といった旬の野菜たち。これらを上質な鰹と昆布でとったお出汁に入れて、つるるるる。散策して火照ったからだに一服の涼をもたらしてくれる。京都らしい、上品で奥の深いお味だった。

 大満足でお店を出て、午後は二年坂、三年坂をそぞろ歩く。石畳のつづく坂道になんともいえぬ風情がただよう。高台寺でお庭を堪能し、宿の近くまで戻って二条城へ。二条城もほぼ貸し切り状態。豪勢な二の丸御殿大広間の襖絵を愛で、往時をしのばせる大廊下を静かに歩む。江戸幕府のまさに始まりから大政奉還を経ての終焉まですべてを見届けてきた御殿には、得も言われぬ風格がただよっていた。

 二条城を出るとちょうどお夕食の時間。これも友人に薦められた京都南座近くのおばん菜のお店「かぼちゃのたね」へ向かう。南座の斜め向かいだけあって、ふだんであればこちらには役者さんがたくさん訪れるという。

 オーダーしたのは「本日のおばん菜三種盛(大根と油揚げ煮、なっぱ煮、近江赤こんにゃく)」、はもの南蛮漬け、くみあげとろゆば、うなぎ肝焼きにうなぎ丼の小である。ひとりでこんなに食べられるかな……と、じゃっかん不安だったものの、出て来たお料理はどれもちょうどよい盛り付け、あっさりとしたお味で、すっかりお腹に収まってしまった。特にうなぎ丼は絶品! お酒のあとにちょっとうなぎを食べたい、そんな欲望をこころゆくまで満たしてくれるのであった。

 三日めは早々に奈良に移動。到着したのはちょうどお昼時。昨日和食ざんまいだったので、イタリアンかフレンチが食べたいなあと思いつつ近鉄奈良駅周辺をうろうろ歩いていると――ありました! 店構えからして美味しそうなイタリアンが。店名は「Nino」、カウンターに椅子席が数席ほどのこじんまりしたお店である。

 さっそく入店し、ランチパスタをお願いする。旬のトマトとバジルのたっぷりはいったスパゲティは、シンプルだがこっくりしていて揺るぎのない味。あまりに気に入ったので、けっきょく夜もここに来てしまったくらいだ。

 奈良ではおもに飛鳥へ。自転車を借りて、亀石や二面石、石舞台古墳に酒船石と、謎に満ちた石造物群を回る。どんな用途で作られたのだろう。どんな気持ちで眺めていたのだろうか。古代のひとびとの気持ちに思いを馳せる。

 四日め最終日は、阿修羅像のお顔を拝みに興福寺に向かう。阿修羅像に会うのは高校の修学旅行以来だから三十五年ぶりだ。この三十五年間、人間であるわたしにはじつにさまざまなことがあった。けれども阿修羅像は昔となんら変わりなく、穏やか、かつ愁いを含んだお顔ですっくりと立っているのだった。
「また会いに来ます、必ず」
 阿修羅像に声をかけ、後ろ髪を引かれる思いで興福寺を出る。

 次はいつ来られるだろう。そのときわたしはどんな「わたし」になっているだろうか――
 古都はさまざまな思いをゆったり包み込んでくれる。
 短いけれども奥深い旅をすることができた四日間であった。

【今日のんまんま】
「おめん」の名物うどん。いろいろな薬味と組み合わせることで、さまざまなお味が楽しめる。んまっ。

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名代おめん 四条先斗町店

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、本日、新刊『働く女子に明日は来る!』(小学館)が発売された中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。本日、新刊『働く女子に明日は来る!』(小学館)発売。
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