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心も泣いたチャヴィペルトの蜂のひと刺し/新井由木子

 春の日。草加の農家チャヴィペルト(chavi pelto・vol.10 おむすびばあさん参照)の畑では、スイスチャードが赤や黄色の飴細工のような茎を伸ばし、優しい味が大人気のパクチーは惜しげもなく茂り、カーボロネロはモクモクとした暗緑色の雲のよう。そして畝に沿って咲く菜の花の中を飛び回っているのは、小さな蜜蜂たちです。
 この春から、わたしもこのチャヴィペルトの蜜蜂について、勉強させてもらえることになりました。

 蜜蜂の面倒を見ているのはチャヴィペルト社長の拓郎さんと、養蜂家のコウセイさんです。
 拓郎さんはお酒が大好きで、落語の人情噺(にんじょうばなし)に大粒の涙を流す優しいおじさん。熊っぽい見た目から、スタッフからは「黒いプーさん」と呼ばれ、親しまれています(『黒』の部分には、何が込められているのでしょう)。
 しかしその実、農業と安全な食をキーワードとした製品開発、行政や食の専門家と連携したイベント作り、更には青果流通の新たな仕組み作りなど、都市型農業の可能性を軸に事業を拡大し続ける、生産者でありながら実業家の顔を持つ強者です(コウセイさんとは、まだ数回しかお会いしていないので、どんな方かはいずれまた)。

 チャヴィペルトは、わたしの営むペレカスブックから自転車で数分の距離。その日、約束の時間に行くと、すでに畑の奥で拓郎さんとコウセイさんが、蜜蜂をおとなしくさせるための燻煙機に火を入れており、わたしも急いで防護服を身につけて後に続きました。

 燻煙機からの煙で蜂をいなしながら巣箱の蓋を開けると、羽音が激しくなり、警戒音になります。そして少し離れて見学しているわたしに、蜜蜂たちがより多くまとわりついてきます。
 それは、わたしが汗かきゆえ全身を覆う防護服の中が蒸れ、汗の匂いが出ているせいではないかと考えられます。この日は少しでも涼しくしようと、ワンピースの下に肌着を着ていませんでした。
 あまりその効果はなかったようでしたが、恐れればもっと寄ってくる気がするし、
蜂さんと仲良くなりたいんだよ
 と心の中で唱え、たまに燻煙機の煙をさりげなく自分にかけつつ、見学を続けました。

 巣箱から取り出される巣枠には、金色の蜜と、せわしなく動き回る蜜蜂が、びっしりとついています。拓郎さんとコウセイさんは次々と巣枠を取り出し、蜜の入っていない小部屋の中をジイッと見て、声をかけあっています。
「よし、卵ある。女王は居るな」
「子どもも育ってるし、大丈夫だね」
 重要なのは健康な女王が群れにいること。更に、この群れは勢いがとても良いので、これから増えるであろう蜂と蜜量に対処すべく、巣箱を二階建てにすることになりました。

 コウセイさんが巣箱の上部を開けたまま、もう一段の巣箱を重ねます。その間にも巣箱から溢れる蜜蜂が接合部分に盛り上がるのを、拓郎さんが刷毛で落とします。
 それでも常に動き続けている蜂に対して、排除は完璧にはできず、
あっ! プチッて言った
 叫ぶ拓郎さん。
「ああーっ! ごめん」
 謝るコウセイさん。
「やーん! かわいそう!」
 悶えるわたし。

 働き蜂は幼虫の世話をし、掃除係や採蜜係となり、ティースプーンにほんの一杯だけの蜜を集めて生涯を終えます。また西洋蜜蜂は、ずんぐりした体に柔らかそうな毛をつけていて、小さな猫のようにも見えますし、大きな目も可愛らしい。そんな一匹が、図らずもこんなことで命を落とすのは、なんとも切ないのでした。

 それから畑に点在する巣箱をまわりました。羽音も攻撃的な気の荒い群れがあるかと思うと、モソモソ動き回るおとなしい群れがあるのも面白い。女王の不在や分蜂(ぶんぽう)の恐れのある群れなどを見つけると、それぞれに適した対処を拓郎さんとコウセイさんが慣れた様子でこなしていきます。

 一番緊張していたのは見ていただけのわたし。ようやく作業が終わり、蜜蜂の喧騒から離れると、ホッとします。蒸れた防護服を脱ぐと、チャヴィペルトの畑の春の日の空気はなんとも清々しいのでした。

思いつき書店080文中

 緊張から解き放たれたわたしが深呼吸を繰り返していた、その時でした。
 ワンピースの中で何か小さなものが身体を叩く違和感。続いて、焼けた火箸を押し当てられたような激痛が脇腹に走りました。
 手で触れると、そこにいたのは紛れもなく蜜蜂。ワンピース越しに指先でつまむと、意外にしっかりとした存在感があります。焼けつくような痛みの中、わたしは、さっきコウセイさんが言っていたことを思い出しました。
「新井さん、蜂は足元からも入るから注意してね。次は長靴に長ズボンがいいかも」

“さっき”じゃ遅かった!
 ワンピースの中は肌剥き出しといういでたちで来た自分。蜂に対する装備くらい勉強してくるべきだった自分を棚にあげてコウセイさんを呪いつつ、気がつくとわたしは蜜蜂をひねり潰していました。
 そして、なにが『蜂さんと仲良くなりたい』だ!
 と、自分に対して呆れ、心の中で少し泣きました。

追記
 蜜蜂は、ひと刺しすると毒針が体から抜け、そのために命を落とします。なるべく刺さずに寿命を全うしたい蜂に刺されることは、危害を加えたりしない限り滅多にありません。
 わたしのワンピースに入った蜂は、出口がなくて困った末に刺したと思われます。


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蜂の世話をする拓郎さんです。


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こちらがVeg honeyです。畑に咲く花は、蜜を取るタイミングにより異なるため、色も味も全く違います。栄養を壊さないよう非加熱製法なので、結晶化します。

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」

http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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