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トランクはもうひと回り小さめに/沢野ひとし

 日常から逃れられる海外旅行は、準備の段階から気分が一気に上がるものだ。旅に出ると決まれば、新しいシャツや旅行バッグを購入し、旅の夢を膨らませる。初めてパリに行った時は、一夜漬けの覚悟でフランス語教材を書店で求め、勉強した。
 そうして迎えた出発の日、家を出るのは、いつもまだ薄暗い早朝である。リムジンバスに乗っている時や、空港のチェックインカウンター前でぼんやりしている時から、すでに日常は遠くなる。

 大きなトランクを預け、搭乗チケットを受け取ったら、機内持ち込みバッグを肩にカフェに入り、一息つく。これから海外に旅立つ人々は、和みながらも皆、緊張しているように見える。
 賑やかな家族連れは、おそらくハワイ旅行。いかにも新婚のカップルはイタリアかな。紺のブレザーの紳士はニューヨークだろう。手にしたバッグや肩に掛けたザック一つをヒントに、彼らの行き先を予想するのも楽しい。
 時間に余裕がある時は、空港内に点在するおみやげショップに必ず足を運ぶ。どらやき、最中、濡れ煎餅、雑誌など、これから訪れる現地の友人の顔を思い浮かべ、うっかりすると際限なく買ってしまう。

トランクと列車

 二十代になった頃から海外旅行に行き始め、以来五十年。何度もスーツケースを買い替えてきた。現在も、東急ハンズや無印良品の旅行用品コーナーで「もっと使い勝手のいいものを」と熱い視線を注いでいる。
 最近、私が使うトランク類は、機内持ち込み可能なSサイズはリモワのファスナータイプ、Mサイズはサムソナイトのフレームタイプ、Lサイズもサムソナイトという選択が定着してきた。そしてLLサイズはソフトタイプを愛用していたが、もう一週間以上の海外の旅は体力的に無理とあきらめ、廃棄した。

 経験上、私がおすすめするスーツケースの選び方は、こうである。
① 軽量化のために、外側はすべてポリカーボネート製。 
② ファスナータイプは荷物を押し込みやすく便利。防犯上心配する人が多いが、ナイフなどで切り開かれるような事故は、実際には聞いたことがない。
③ 中型のサムソナイトの片面開きが、ホテルなどで使いやすい。
④ 四輪が圧倒的に便利。特にリモワは車輪が内側に入っており、空港で乱暴に扱われても破損しづらい。
⑤ 中型のソフトケースを長い間愛用していた時期もあるが、雨に弱いのが欠点。

 海外旅行の際、スーツケースの大きさは一泊10リットルと計算する。なんでも詰め込めるからと大型のスーツケースにすると、特に個人旅行の時に、その重量のせいで体に負担がかかる。

 また便利なグッズとしてとして私が必ず持っていくものは、ペンライト、爪切り、ビクトリノックスの一番小型のシンプルなナイフ、電子辞書、カシミヤのマフラー、登山専門のマムートのコンパクトなダウンである。ダウン類はグースのほうが軽く保温性に優れている。マムートの服は、着た時にもっさりせずだらしなく見えない。

サングラスのあやしい人

 最後に、絶対に忘れてはならないのが、パスポートのコピーと、トランクに付ける名札である。
 海外旅行の時は、時折ロストバゲージが起こる。原因はいろいろあるが、私の場合は北京から成都の乗換え便で起こった。その時は、私のスーツケースは一日経ってようやくホテルに到着した。
 そして友人のトランクだが、ハバナからの帰りにトラブルが起きた。トランクに名札を付けていなかったためになかなか見つからず、最終的にはトランクをこじあけられ、日本に戻されたのは二週間後だった。
 また他人が悪意なく自分のスーツケースと間違えて持っていってしまうこともあり、案外油断ができない。これは似たような黒いスーツケースに多い。
 スーツケースには、住所と名前を書いたネームタグやシール、目立つバンダナを付けることをおすすめする。

荷物検査

 旅は、夢は大きく荷物は少ないのが一番大切だと、やっと実感する年齢になってきた。
 さらに経験から一言。海外旅行は荷物の出し入れが多く、爪を酷使するようなものである。常備薬を入れたポーチには、ぜひ爪切りも入れてほしい。

船旅

イラストレーター・沢野ひとしさんが、これまでの人生を振り返り、今、もう一度訪れたい町に思いを馳せるイラスト&エッセイです。再訪したり、妄想したり、食べたり、書いたり、恋したりしながら、ほぼ隔週水曜日に更新していきます。

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)、絵本「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。最新刊『ジジイの片づけ』(集英社)が好評発売中。電子書籍『食べたり、書いたり、恋したり。』(世界文化社)もぜひご覧ください。
Twitter:@sawanohitoshi