note_第29回_大声ダイヤモンド

我が家の大声ダイヤモンド/新井由木子

わたし「なんで女は痛風にならないのかねえ!」
父「なるらしいよ、女も。閉経すると」
母「えっ? なになに? 女も痛風になるの?」

 老父と老母の間にわたしが挟まってちゃぶ台を囲み、3人で食後のお茶をすすっていた時のこと。
 わたしのセリフに『!』マークがついているのは、加齢によりだいぶ耳が遠くなった父と、少しだけ遠くなった母に聞こえるように、大きな声で話しているからです。
 父の発した「閉経」という言葉がよく聞き取れなかったらしい母に内容を伝えるのは、この場でただ1人、全体の話の流れをつかめるわたしの役目です。
「ヘイケイ!」の後に「ビー! フォーティー、エイト!」と、母のほうを向いて大声で叫んだのは、少しでもその場を面白くするべく瞬時に考えた、わたしなりのサービスです(AKB48さんにかけています)。
「ヘイケイ!」が伝わった時点で合点が行き、少し頷いた母の顔が「ビー! フォーティー、エイト!」の部分で衝撃を受けたようにゆがみます。
「ヘイケイ! ビー! フォーティー、エイト!」
 母は、同じくらいの声量で驚いたように繰り返し、天井を仰いで笑いました。
 大音量でも声の方向が違うと聞き取りにくいようで、今度は父がキョトンとしています。
「あのね、ヘイケイ、ビー、フォーティー、エイト!」
 わたしが再度叫ぶと父は静かに空気を漏らして笑い、
「ヘイケイ物語」
 と、切り返してきました。丁度母が『平家物語』にハマって読んでいる最中なので、旬なギャグです。
「えっ? なになに?」
 再び身を乗り出す母に
「あのね、ヘイケイ物語!」
 と、身を寄せて叫びます。
「ヘイケイ物語!」
 母も叫んで、ツボに入ったのか苦しげにお腹を押さえて笑います。なので今度は父に向かって
「あのね、面白いってよ!!」
 と、つい、見てわかることまで大声で通訳してしまうのでした。

 耳が遠くなるなんて、いい事なんか一つもないと思っていたけれど、この時はこんなちょっとしたギャグで3人が10分以上は笑っていられたので、かなりのお得感を感じました。
 仮にこれが全員耳が良く、普通の声量で話の流れがスムーズだったとしたら。
「閉経」
「ヘイケイ、ビー、フォーティー、エイト、なんちゃって」
「なにそれ?」
「ヘイケイ物語」
「今そういう話してないよね。閉経をちゃかしてんのか? 」
 ギャグのやりとりというピュアな次元に留まることはできなかっただろうと思うのです。

 でかい声には、会話の知性を剥ぎ取る迫力がある。家族の歴史も長くなり、お互いに言いたいことや話さねばならない大切なことはたくさんあるはずなのに、耳が遠いおかげでアホなギャグだけで過ぎていく家族の時間が、わたしはとても好きです。

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(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook