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都市伝説/中澤日菜子

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、記憶力も素晴らしくいい中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。 

 都市伝説なるものをご存じだろうか。
 かつて日本じゅうの小学生を恐怖に陥れた「口裂け女」だったり「トイレの花子さん」といった怪談もの、あるいは「井の頭公園の池でボートに乗ったカップルは弁天さまの怒りにふれ、必ず別れる」というたぐいの場所に関するものなど、都市伝説といわれる話は世の中に多々ある。

 なかに食べものに関する都市伝説もいくつかあって、その代表的なものはやはり「ウインナコーヒー」ではないかと思われる。
 ご存じないかたに向けて「ウインナコーヒーの伝説」を要約すると――

『ある日、まだ高校生だったわたしは買いもののために街を歩いていた。歩き疲れ、ちょっと休憩したいなと思い、喫茶店を探すと、運よくすぐ先にちょうどよさそうな店を見つけた。さっそく入り、メニューを眺めると、そこに馴染みのない「ウインナコーヒー」なるメニューが載っていた。どんなものだろうと好奇心を覚えたわたしは、そのコーヒーを注文してみた。わくわくしながら待っていると、ついにコーヒーが運ばれてきた。なんとそのコーヒーには、巨大なウインナーが丸々一本、入っていた。「これがウインナコーヒーか。斬新だな」と思い、フクザツな気持ちで飲み干した。のちに大人になり「ウインナコーヒーはウインナーが入ったものではなく、ウィーン風の、ホイップクリームをコーヒーのうえに浮かべたもの」と知り、おおきな衝撃を受けた』

 と、いうものである。
 いくらなんでもおかしいと気づけよ、と思うが、経験値の少ない高校生ならばじゅうぶんあり得る話であろう。そしてきっとそのコーヒーを出したのも、たまたま一人で留守を預かっていたこれまた高校生のアルバイトではないかと思われるのである。
 ちなみに、かのタモリは若かりし頃、博多の喫茶店で働いていたとき、ウインナコーヒーの注文が入ると、本当に「ウインナー入りのコーヒー」を出していたという。もちろんウケ狙いであったのだろう。

 さてここからは、わたしが実際体験した都市伝説級の食べものの話をしようと思う。
 あれはもう四半世紀ほど前になるだろうか。そのころわたしは出版社で編集者として働いていた。
 新宿御苑でひと仕事終え、時刻を確かめるとちょうどお昼の時間。ちょうどいいや、このへんで食べてから帰社しよう、そう思い、新宿通りをぽてぽてと歩きだした。
 どっかに美味しそうなものはないかな。左右を見回しながら歩いていたわたしは、新宿三丁目の交差点近くで「当店名物 とうふカレー」という看板が出された喫茶店を見つけた。

 とうふカレー。いまだかつて食べたことのないカレーだ。さっそくわたしはその店に入り「名物 とうふカレー」を注文した。
 待つことしばし、店員さんがお皿を運んできた。そのお皿を見て、思わずわたしはのけぞった。なぜならご飯にかけられた黄色いカレー、その上に絹ごしどうふが丸々一丁、でーんと乗っていたからである。

 こ、これが「名物とうふカレー」。わたしは恐るおそるスプーンを差し込んだ。
 確かにとうふだ。そしてカレーライスだ。だが、それだけ、それだけなのである。

 いや待て、名物というからにはなにか工夫が凝らされているに違いない。たとえばとうふのなかにカレーが仕込んであるとか。
 だが食べてもたべても、とうふはごくふつうのとうふでしかなく、しかも冷蔵庫から出したばかりらしく冷たく冷え切っている。

 本当にこれでいいの? ちらちらと店員さんの顔を窺うが、わたしと目が合うや、さっと顔を逸らしてしまう。
 ?マークを大量に頭に浮かべながら、わたしはなんとかその「名物とうふカレー」を食べ終えた。お会計を済ませ、店を出るまで、店員さんがわたしと視線を合わせることは一度もなかった。

 編集部に戻り、部員のみなに、今日出会った摩訶不思議なカレーの話をするも、
「またぁ。ヒナ、話盛っちゃって」と、だれ一人として信じてはくれないのである。
「だったら今度一緒に行きましょう」
 鼻息荒く言い返したが、その後、わたしは二度とその店に行くことはなかった。なぜならいつの間にかその喫茶店はなくなってしまったからである。
 二十五年経ったいまでも、新宿通りを歩くたびに探すが、やはり店のおもかげすらない。

 いま思うに、そのときの店員さんも、たまたま留守番を仰せつかったアルバイトだったのではあるまいか。彼もまた「とうふカレー」のなんたるかを知らず、とはいえ「知りません」とは客に言えず、苦肉の策としてカレーにとうふを一丁、トッピングしてしまったのではないだろうか。
 もちろん真相は闇のなかである。ネットで検索しても「新宿三丁目でとうふカレーを食べた」という記事はない。あれは白昼夢だったのだろうか……

 そこでこのエッセイを読んでいるみなさんにお願いである。もしも「あ、そのカレー食べたことある」というかたがいたらぜひ編集部に知らせてほしい。ともにあの強烈な印象を残す「とうふカレーの謎」について語り合いましょう。


【今日のんまんま】
ベーコンと小松菜のトマトソース。麺はフェットチーネ。八王子郊外にあるお店で、自宅の庭で栽培した小松菜やハーブをふんだんに使っている。野菜にちからがあって、んまっ。

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(イタリア料理 アル ガンベリーノ)


【んまんま日記】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE

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中澤日菜子【んまんま日記】
中澤日菜子【んまんま日記】
  • 37本

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家という顔を持つ、新進気鋭の小説家・中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。

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