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おばさんと呼ばれてゆるす場合とゆるさん場合/新井由木子

『150円ババア』
『コロネババア』

 このキョーレツなあだ名は、わたしの営むペレカスブックが併設されているカフェ・コンバーションの店主(以下コンバーション)が、わたしにつけたものです(Vol.056 ボロ儲けVol.075 コロネカフェはじめました参照)。
 なんてヒドイあだ名だろうと、わたしの気持ちを心配してくださる方もいらっしゃるかと思いますが、コンバーションに『ババア』と言われても、なぜか全く腹が立たないのが不思議です。

 また、それとは反対にペレカスブックにいらっしゃるお客さんが、わたしを『おばさん』と呼ばないのも不思議でした。主にお子さんを連れたお母さんたちですが、どう見てもお婆さんになりかけたおばさんのわたしに、
「ほら、お姉さんに(本を)『ください』してきなさい」
 とか、
「お姉さんに、さよならしなさい」
 と、お子さんに促すのです。
 お母さんたちの優しさなのか、それともわたしの知らない間に世の中で『お姉さん』の年齢層が広がったのかな、などと呑気に思っていた訳です。

 しかし、とある出来事を機に、この2つの謎の答えと、人の心についてのある事実を知ることとなったのでした。

 それはペレカスブックに保育園の子どもたちが大勢やってきた日のことでした。いたずらっ子の『おっくん』が、いきなりわたしを指さし、言ったのです。
あそこに、おばさんがいる!
 その時わたしは、やっぱり子どもは正直だ、と思いました。常々お姉さんと呼ばれることに疑問を持っていましたから、はっきり言ってもらって清々しいくらい。

 しかし子どもというものは正直なだけでなく、しつこく繰り返すためのとめどないエネルギーをも、兼ね備えているものなのです。
「ねえねえ、見て! あそこにおばさんがいる!」
 他の子どもたちに向かって、面白い大発見をしたがごとく、あるいは草むらに珍獣を見つけたがごとく、得意気に教えてまわるおっくん。
「あっ! ほら、おばさんが動いた!」
「あっ、おばさんが眼鏡をかけた!」
 いちいち状況を説明するおっくんは満面の笑みで、心から楽しそうです。
 それが40分ほども続いたでしょうか。指さされ笑われているうちに、わたしの心に生まれたのは、齢50を過ぎて初めて感じる違和感でした。

 わたしの顔が曇ってきたことに気づいた他の子どもたちは、なんかヤバいと思ったらしく
「えっ? おばさんなんてどこにもいないよ」
「えっ? おばさんなんて見えない」
 と、わたしを透明人間にする作戦に出ています。その年齢にして考えられる最善の、この状況の打開策です。しかし、おっくんだけはその空気を感じず、ますます興奮度を上げていき
「うわー! おばさんが歩いた! 地震だあ!」
 と、フルスロットルではしゃいでいます。

 もうこれは、ひとこと釘を刺すしかあるまい。わたしは大魔神のように重々しく立ち上がり、おっくんの目を見つめ低い声で言いました。
おばさんではなくて、新井さんと呼んでください
 するとおっくんは驚いた顔をして、急に見事なまでにしょんぼりしてしまいました(そういうところ可愛い)。

 この出来事によって、わたしは、いわゆる『おばさん』について、こういうことかと、納得したのでした。
 多分おっくんは、『おばさん』と誰かを指さす時に、その人に人格があるなんて思っていなかったのでしょう。『おばさん』が目の前までやってきて名前を名乗ったことで、『おばさん』もまた心を持った人だとわかったのでしょうか。
『おばさん』だけでなく、身体的な特徴を面白がるように言われて傷つくのは、人格のないものとして扱われた痛みなのかもしれません。

 わたしを『おばさん』と呼ばないお母さんたちは、そんな『おばさん』についての人格否定ともとれる経験や知識を、実感として持っていたのです。この歳まで、その感覚のなかったわたしは、想像力が足りませんでした。
 そしてコンバーションに『ババア』と言われても傷つかないのは、コンバーションが他のシーンで、わたしの人格を大切にしてくれているからなのでしょう。

おばさん』って、本来は良い言葉だと思います。
 そこには我慢と許しを繰り返して年齢を重ねた、包容力が感じられます。
おばさんの手は、その年齢に相応しく、少し血管が浮き出ているかもしれない。若い子より張りがなくて、少しあごの下がゆるゆるとしているかもしれない。それは『おばさん』にしかない、心安らぐ色っぽさです。
『おばさん』は、例えばお裁縫とか、美味しいミルクティーの入れ方とかを、丁寧に手ほどきしてくれそう。それは柔らかな、人を幸せにする魔法です。

 そして『ババア』という響きも、わたしは割と好きなのです。
 優しげな『お婆さん』を超越した『ババア』には、包容力の更に上を行く『ぶった切る力』がありそう。人生の荒波を乗り越えてきた凄みがあります。
 相談事でもしようものなら、お前は考えすぎの弱虫だと、歯のない口で笑い飛ばされ、悩みも吹き飛んでしまいそうです(そのように類型化するのも善し悪しがあるかもしれませんが)。

 と、考えてみるとおっくんは、わたしが優しい『おばさん』ではなく、怖い『ババア』だったために、しょんぼりする程怖かった、ということになりますね。

思いつき書店078文中

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」

http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook


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「思いついたことはやってみる」と言うのは、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんです。世界文化社delicious webの人気連載【まだたべ】を改題し、食べるモノに限らず、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴ります。今日も思いつきで色々なことが巻き起こっていますよ。

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