note_第4回くさやと女子高生の巻下

新井由木子【思いつき書店】vol.004 くさやと女子高生の巻(下)

 最初にM子さんの荷物が開かれました。春先に良さそうな品のいい薄物が何枚も出てきます。
 K原室長が「多いわね。数を減らして上手に着回しましょう」そんなような事を言ってM子さんの荷物から数枚の洋服を取り出すと自分のロッカーに入れました、というのはウソで送り返すように別の箱に入れました。

 洋服、下着、タオル、学用品などM子さんの荷物が次々と並べられ検査されていくのを見ながら、わたしは緊張していました。
 当時からわたしは物の管理が苦手な質でして、教室の机の中からカピカピのパンが出てきたり、給食袋から元々が何だったのかわからないカラフルなスライム状のものが出てきたりする娘。面倒なものは机の奥の暗がりに入れてしまえばそこはもうブラックホール、見えないものは存在しないものという娘。

 そんな自分に嫌気が差してもおりましたので、緊張は次第に前向きな気持ちに変わりました。
 ここで、このキチンとした人たちに指導してもらいながら、清潔なキチンとしたわたしに生まれ変わろう! そう! 今から! そう思えてきたのです。

 だいたい母は「あんたをしつけきれなかったから、この学校ならきっとマトモになるはず」と期待していたではないか。
 小4くらいまでも教室でお漏らしをしていたわたし。落ちてくる石を真下から見たらどう見えるか試して眉間を割るわたし。どのくらい放っておいたら虫歯になるのか試して前歯が義歯のわたし。そんなわたしとはここでお別れです。
 だいたいここは学校じゃなくて学園だもんね女子ばっかりの。少女漫画みたいじゃん。今日からわたしもハイソなお嬢様だ!


 とうとうわたしのトランクが開かれます。トランクの作り付けのダイヤルロックを回すとカチリと音がします。そして吸血鬼が棺桶を開けるようにギギギと音を立てて大きな蓋が開くと同時になんとも言えない匂いが、ふわっと立ち上ったのでした。

 くさやの匂いです。

 しかし荷物にくさやが入っていたわけではありません。
 前回にも申しましたが母の実家、くさやの老舗の作業場から包装紙を持ってきてくれたのは誰だったのでしょう。わたしの船出の荷物の底にきれいな紙を敷いてやりたいという誰かの真心。決して、一度も、くさやを包んだ訳ではないのに、ただくさやの作業場にあったというだけでくさや臭を繊維の隅々まで吸い込んだ包装紙。全体が緑色の地に、紺色のくさやのイラストが適所に配置された包装紙。そこから、えも言われぬ香りが、海を渡り揺られるうちにトランクの中に満ちて今、寮の部屋で爆発しているのでした。

まだたべ000004-002

 それは決して強い匂いではありませんでした。島で嗅いだとしたら空気に等しいものでしたでしょう。
 しかしここは東京、そしてその匂いを初めて嗅ぐ人たちには得体の知れない衝撃。
 皆さん流石ハイソな育ちだけあって声を立てて騒いだりはしませんでしたが、押し黙って顔色を変え、顔を見合わせて目で会話しあっていました。
 そこから先の記憶は白く霞んでいて、よく覚えていません。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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