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わかるんです/中澤日菜子

 よく「お寿司屋さんの腕前は玉子焼きを食べればわかる」という。もしくは「コハダやアナゴに腕が出る」とも。両方とも、ネタを握るだけではなくひと手間かけねばならない一品だからだろう。
 とはいえ食い意地は張っているものの、舌が肥えているわけではないわたしには、回っていないお寿司であるというだけですべてが美味しく感じられる(というより回ってないお寿司などほとんど食べたことがナイ。悲しい……)。

 お寿司がそのようにして見分けられるとしたら、美味しいイタリアンは「トリッパの煮込み」でわかるとわたしは思う。

 トリッパの煮込み。ご存じとは思うが、「トリッパ」とは牛の第二の胃袋、日本でいう「ハチノス」のことである。日本名の通り蜂の巣そっくりの外見をしているモツの一種だ。イタリア料理店では下処理をしたトリッパを相性のいいトマトソースで煮込んで供することが多い。
 このトリッパのトマトソース煮込み、それぞれのお店でほんとうに味が異なる。

 いい加減なお店だと、満足な下処理をしていないせいか、まるでゴム草履を噛んだような、やたらに硬くて味も風味もなにもない一皿が出てきたりする(ゴム草履を食べた経験はないのだが)。トリッパじたいも一切れひときれが分厚く、大きい。それはいいのだが、むやみに大きいだけで満足感が薄いのだ。いや大きさがかえって仇となり、食べづらいことこのうえない。

 絡むトマトソースもなんだか薄味だったり、逆に濃すぎて素材の味を殺してしまっていたり。
「これは明らかに市販品を使っただけだ」とか、「トマトの水煮に塩コショウしただけとしか思われん」といったソースにぶちあたってしまうことさえある。

 ソースにこだわるフランス料理と異なり、イタリアンでは素材をハーブや塩コショウでさっと調理したものが大半だ。だからこそごまかしがきかず、いかに丁寧に仕上げていくかが問われるのだと思う。
 もともとトリッパに限らずトマト煮込み系が大好きなので、イタリアンに行くと必ず注文するのだが、トリッパが「当たり」のお店はまず間違いなくほかのお料理も美味しい。

 先日、今までで一番! と思われるトリッパの煮込みに遭遇した。
 銀座だの赤坂だのの高級店ではない。私鉄沿線の、しかも私道の奥にある小体(こてい)なお店。十五人も入ればいっぱいになろうか。しかも純然たるイタリアンではなく、ビストロ要素も加わっているいわばハイブリッドなお店だった。

 けれどもここのトリッパが目ウロ(目からウロコ)の美味しさだったのである。シェフがフランス料理も会得しているせいか、トマトソースにほどよいコクがある。たぶんデミグラスソースやブイヨンなどを混ぜているのだろう。とはいえかんじんのトマトソースの邪魔をしていない控えめさが好ましい。さらには添えてあるマッシュポテトが良いアクセントになっていて、ソースにほんのりとろみを与えてくれている。トリッパじたいも丁寧に煮込まれており、口のなかにいれたとたん、ほろほろととろけてゆく。んまーい!
 ソースがもったいないのでパンを追加してもらい、お皿を拭ってきれいにする。

 つくづく思う。料理は手間と愛情と作るひとのセンスなのだ、と。手間を惜しみ、易きに流されているようでは他人を感動させるものなど作れないのだ。それは小説も同じで……ああっなんだか胸が苦しくなってきた。ので、今日はこのへんでサヨナラさよならさようならー。

【今日のんまんま】
トリッパの赤とソースの濃茶、そしてポテトの穏やかな白さが目にも美味しい。んまっ。

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La Copain

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、スナネズミを愛する中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。小学館P+D MAGAZINEにてお仕事小説『ブラックどんまい! わたし仕事に本気です』連載中。
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