note_第20回放題

中澤日菜子【んまんま日記】#20 放題

 世のなかには実にさまざまな「放題」が存在する。
 いちばんよく目にするのは「食べ放題」「飲み放題」のたぐいであろうか。
 しゃぶしゃぶ、焼肉、ホテルのバイキング。パン食べ放題のランチや、ご飯お代わり無料なんていうのも「放題」のひとつだろう。
 若かったころは、一定の料金を払い、制限時間さえ守れば際限なく食べられる「放題」にしょっちゅうお世話になっていたものだ。
 だが歳を重ねるごとに食べられる、あるいは飲める量が減り、量より質とばかりに少なくても美味しいものを好むようになってきた。なにより食べ放題だからと欲張ってあれこれ皿に盛り、食べ残してしまうことへの罪悪感が重くのしかかる。加齢による食欲の減退。悲しい。

 余談だが、ずっと前に食いしん坊の友人から「正しいバイキングへの挑みかた」を教わったことがある。
 彼女によると「まずはサラダやお刺身のような軽いものから取るべし。いきなりパスタや炒飯を食べてはダメ。なぜなら炭水化物でお腹がすぐいっぱいになってしまうから」だそうである。

 ほかには野菜やお菓子の「詰め放題」なども、よく目にする光景だ。
 地元の八百屋さんでもこの時期、「プチトマトの詰め放題」をやっているが、いやーあれは高度なテクニックがいるものですね。
 細長いポリ袋にこれでもかとすき間なく押し込み、最後、山盛りになったプチトマトを崩れないように手で押さえてレジに並ぶ女性を見ていると「放題猛者……」と思わずつぶやいてしまう。
 わたし自身は大勢のひとだかりを見るだけで怯んでしまうタイプなので、これでもかとぎゅうぎゅうに押し込むひとたちを、横目で「いいなあ……」と羨ましく見つつ、パックに入ったトマトをカゴに入れている小心者だ。レジで、いまにも崩れんばかりの袋を抱えたひとの後ろに並ぶたび、いわれなき敗北感におそわれる。いや戦ってもいないのだから、この場合は「不戦敗」とでも言うべきであろう。

 行楽地で見かける「放題」には、いちご狩りやみかん狩りといった果物狩りがある。
 これは楽しいですね。
 つやつや光るいちごをもぎ、その場でぽいっと口に入れるヨロコビ。普段はお高くて、ちびちびと食べているいちごを思うさま食べられるこの幸福感。果物をじぶんでもぐ、という行為は、特に子どもたちに人気で、うちでも娘たちが幼いころは毎シーズン行っていた記憶がある。

 このようにさまざまな「放題」が世のなかにはあるが、先日、通っているヘアサロンでスタイリストさんに驚くべき話を聞いた。
 なんと「一万円で顔のシミ取り放題」という皮膚科が東京にはあるのだそうだ。
 わたしはシミを取った経験がないので、想像するにとどまるのだが、ふつうはシミ一つ除去するのに○○円、で、合計いくつ取ったから××円、とかいう設定なのではないだろうか。なのにいくつ取っても一万円なんて……そんな夢のような皮膚科がこの世に……

 と、そのときは驚くだけだったのだが、いまじつは「行ってみようか」とかなり本気で考えている。
 なぜならこの夏、家族で石垣島に遊びに行った際、ついついケチってお安い日焼け止めしか買わなかった結果、無残にも顔は真っ黒に焼け、もともと浮いていた頬骨や目じりのシミが、さらにくっきりと存在感を増してしまったのだ。加齢によるお肌の荒れ。悲しすぎる。
 毎朝鏡を見ては、行こうか行くまいか「シミ取り放題」に関して悩みつづける五十歳、猛暑の夏である。


【今日のんまんま】
石垣牛の焼肉。厚切りの肉を炭火でさっと焼いて口に入れると、脂が甘くとろけ、肉の旨みがじわりと広がってゆく。んまっ。

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石垣島きたうち牧場浜崎本店


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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